ちくちく日記

DTP系備忘録。真面目にやってます。

写研という会社が持っていたもの、持っていくもの。

この文章は2012年頃に参加した勉強会の後、書いたまま公開しないでいたものです。なんで公開しなかったのかは忘れたけど(多分もうちょっと手を入れてからアップしようと思って放置したまま忘れてた)写研の女社長が亡くなったという話が流れてきたので、今更ながら公開してみます。


私が最初に入社した会社は、地方の小さな広告代理店で、旅行パンフやチラシなどの制作がメイン業務だった。
配属された制作部ではちょうどMacintoshでの制作が主流になりつつある頃で、入った当初は版下の作業とMacでのDTP作業が半々ぐらいだったが「これからはMacだよね!」という空気に押されて版下からDTPへとどんどん仕事が移っている時代だった。その会社には写植機があり、写植を打つオペレータさん(年配の女性の方だった)も在籍していたが、減っていく写植の仕事に、どことなく居心地悪そうにしていたのを覚えている。

入社したばかりの私も、MacでのDTP、マシンやアプリケーションの操作を学ぶのに夢中になった。元々不器用で、版下などの細かい手作業が苦手だったこともあり、写植との関わりは、たまにMacにない文字を写植で打ってもらって、それをスキャニングして取り込んだりといった程度で(今思うと本当にもったいないことだが)写植について学ぼうとはほとんど思わなかった。

文字組にこだわりなどない、とにかく安く制作できればいいような地方のチラシの仕事では、手軽に作れるMacがあっというまに主流になり、1年後にはほとんどの仕事がMacでのDTPになっていた。結局私はその会社を1年で退社したのだが、私が辞めるとき、私よりはるかに長く勤めていたその写植オペレータの女性も辞めるのだと耳にした。


先日、 第6回 DTPの勉強会(東京)に参加してきました!

今回のテーマは「タグ付きテキスト」。
Web(うさこさん)、TeX(舩木直人さん)、電算写植(海輝さん)、モリサワMC-B2(あさうすさん)とそれぞれタグを利用する業務での、各人各様のタグ付きテキストについて語ってもらおうという趣向。
一見まったく関係ないような4者なんですが、全体を通してみると「タグを使って仕事する」という共通部分がしっかりみえてくるセミナーでした。
今回のレポートは詳細レポートというよりその全体の流れをレポート。

Webでのタグテキスト

まず、うさこさんによるWebでのタグテキストの話から。

HTMLとCSSという、DTPユーザでもなんとなくしっている「Webで使われるタグ」とはどういうものなのかを説明。

タグとは札である。つまりそのデータがどういうデータであるのか、をわかりやすくする為につける目印である。
HTMLがコンテンツに対して「意味」の札であるのに対して、CSSはそのコンテンツをどう見せたいのか「装飾」の為の札である。

コンテンツに対して<見出し>見出し!のように見出しタグで囲むことによって「ここは見出しである」という事がわかるようにする。これはHTMLタグの役目。
対して、この見出しの文字を太字の赤文字で表示したい!という見え方の設定をするのはCSSタグの役目。

なぜ意味の札と装飾の札を分けるのか?

それはコンテンツをわかりやすくするために。装飾のタグとコンテンツの意味のタグが混ざると、タグが煩雑になりわかりにくく、コンテンツの流用もしづらくなる。装飾タグを別にすることで、コンテンツの意味をすっきりと指定できるようになる。

誰にとってわかりやすいの?

うさこさん「Webの世界では、やっぱりGoogleさんの為ですよね!(笑)」

Googleに無視されるとWebの世界では死んだも同然(笑)
Googleにとってわかりやすいタグをつけると、Googleが「ここは強調されてるんだな」「ここは見出しだな」と判断しやすく、データ収集の際、そのコンテンツの重要度を見分けやすくなる。

もうひとつ。最近ではWebや電子書籍などのタグ付けされたデータを、視覚障害者の方が利用する場面も多く、その場合正しくタグ付けされていることで、音声読み上げ機能などをつかって正しく読み上げることができる。



TeXとタグ付きテキスト

次のセッション「TeXとタグ付きテキスト」舩木直人さん。

TeXとは「テフ」または「テック」と読む。

数学者・計算機科学者のドナルド・クヌースという人が作った、組版処理ソフトウェア。著書を執筆する際にまともに数式組版ができるソフトウェアがないことに腹を立てたクヌースさんが、それなら自分で作ってやると組版ソフトをつくってしまったらしい。
その成り立ち上、数式組版を得意としており、数式エディタとしてはスタンダードといえる。

TeXはフリーウェアでプログラムが公開されているので、日本語をあつかえるpTeX、マクロに対応したgTeXなど様々な拡張バージョンがあり、現在使われているのはより組版機能を特化したLaTeX( LaTeX2ε)である。

LaTeXはコンテンツにタグをつける事で組版処理を行う

入力、出力、表示はそれぞれに別のソフトを使う。LaTeXが行えるのは組版と、dviファイルという中間ファイルの作成のみ。
中間ファイル(dviファイル)は、個々の文字、罫線などの位置情報が記述してあり、フォントや画像情報は含まれていない。
LaTeXから書き出したdviファイルをdviウェアを使って表示、印刷する。

dviウェアには表示の為の「dviout」PS出力ができる「dviPS」PDF出力の「dvipdfmx」がある。

LaTeX組版を行うことの利点

タグをつけて組版を行うという性質上、作成するドキュメントの構成を論理的に分類、整理し、タグ付けする必要がある。
(見出し、本文、図形、といった要素をきちんとわけ、タグ付けする必要がある)
その結果、コンテンツが構造化される。

きちんと構造化されたテキストからは、見出し、数式、ページ番号などの情報抽出が容易である。

つまり、組版後の目次作成や、インデックスなどの相互参照が簡単にできる。自動組版も簡単である。

LaTeXに向くものとしては、数式のある組版、目次や参照などの多い組版であり、逆に向いていないのは定型化されていないレイアウトなどである。


うさこさんのセッションで「タグをつけることで、そのコンテンツがなにであるのかをわかりやすくする」と説明されたのと同じように、舩木氏のセッションでも「コンテンツを整理し、分類、タグをつける(構造化する)ことで、その情報にアクセスしやすくなり、後加工が容易になる」と説明された。


電算写植のタグ


次に電算写植のタグ(ファンクション)付きテキスト。スピーカーは海輝さん。

電算写植の話、と聞いて最初は「今さら、写植?思い出話的な話かな…?」と思ってたのだけど、いやいやいやいや!とんでもない!
意外な事に(といっては失礼だが)このセッション、この日一番の盛り上がりを見せた大変面白いセッションだったのだ。

海輝さんは、長年写研のGRAF(グラフ)という電算写植機でオペレータをされている方。最近ではInDesignでの業務もやっているそうだが、まだまだ電算写植の業務も多いのだそうな。


ではその電算写植の業務とは、どんな事をやっているのか?


まず写研の写植機について説明。
写植機といっても機種やメーカーによって色々あるのだけど、海輝さんが使っているのは写研のGRAF(グラフ)ET5(イーティーファイブ)という電算写植機。
いわゆる専用機なわけで、その操作方法、レイアウト方法も独特のもの。

写植機でレイアウトを組むのは大きく二通りがある。
・写植機のレイアウト編集画面でレイアウトしながら組む
・あらかじめ写植機のためのタグを挿入したテキストを用意し、一括レイアウトする

どちらを選ぶかは作るドキュメントにあわせて変えるが、このセッションではタグ付きテキストを使った方法を解説。

写研のファンクション(タグ)とは

タグ付きテキスト。というが、写研ではタグではなくファンクション、というそうで、この後の説明でもファンクション、という言葉で説明されていた。
写研のファンクションは、unicodeの仕様領域に登録された外字であり、ファンクションで囲むことで、テキストに様々なレイアウト属性を与える(つまり、囲み罫のファンクションで挟まれたテキストを写植機で処理すると、そのテキスト部分が罫囲みになる、とか)
ファンクションをつける作業は、普通のテキストエディタで行う、写植機は必要ない。
つまり、テキストの前処理でファンクションをつけてしまうことで、レイアウトは一気に行う事ができる。

この事前処理というのが(電算写植を使う)各社のノウハウだそうで、置換辞書やマクロなどの蓄積があるのだそうな。
そういったノウハウを元に、大量のテキストを効率よく処理(タグ付け)し、レイアウト処理している。

海輝さんは「構造化テキストってなにそれ?わかんないって思ってたけど、自分がやってきた、テキストを整理して、タグをつけて処理をするってことが、そのまま構造化するってことだった。自分にとってはこの仕事のやり方が当たり前で、InDesignを使い始めた時も、当然のようにおなじやり方で仕事をした。皆そうやってると思ってたらみんなはコピペしたりしてるんだって知ってびっくりした」と話していた。

写研の仕事ってまだあるの?

その昔写植機さえあれば、稼ぎまくれる時代があった。20代の女の子でも簡単に独立して、ものすごい稼げたらしい。
とはいうものの、その後DTP化の波に押されて、写植の活躍の場はどんどん減っていってるはず…写植の仕事ってまだあるの?いま、写植の仕事って何やってるの?

どっこい生きてる電算写植

海輝さんによると、実は写植機の仕事はまだまだある、らしい。

ひとつには、まだ「写植でないと」という書籍系などの仕事がある。これは本来の写植機としての仕事。
そして最近、増えているのが「過去のデータから電子書籍を作りたい」という仕事。これは今、ものすごく増えているらしい。
出版各社が今一斉に各社のラインナップを電子書籍化しようとしている、いままで写植でつくられていたこれらの変換処理というのがくるらしい。

変換処理、といっても、話は簡単ではない。
写植機の中のデータはその機種独自のデータになっているので、そのまま利用できるものではない。
なので、テキストとして書き出して変換するのだが、これが先に説明されたファンクションが入力された状態。
ややこしいファンクション処理がしてあるもの(文字パーツの組み合わせで外字をつくってあるなど)は作ったオペレータでさえ何をやっているのかわからないようなものもあるらしい。

こういったテキストを整理し、電子書籍用のデータをつくるのはかなり大変な作業…

また、電算データしかのこっていない状態で、組見本としてたとえばPDFなどでゲラを出してもらおう…というのも大変らしい。

なぜなら、写研の写植機は、PDF変換するだけで金をとるから!

なんと、各端末がネットワークで写研のサーバとつながっており PDF変換など各種作業をするだけで、カウンターがまわり料金が徴収されるのだそうな!
「先日100件分のPDF変換の案件がきたんですけど、それの変換料金で60万ぐらいかかりましたねぇ…」って、ええええ、すげぇ!すげぇよ写研!PDF変換するだけで60万とれるって!

しかもネットワークにつながってて自動で徴収って…つまり営業マンがカウンター調べてまわる必要すらない…。
すごいのはこの仕組み、もう何十年前から写研はやってるって事。いまほどインターネットとかが一般的ではない、パソコン通信とかの時代から、専用モデムをつないで自動でカウントできる仕組みがあったのだそうな。
そりゃ儲かるはずだよ!裏金つくって地下から現金わっさわっさでてくるはずだよ!

とにかく写研の儲ける為の仕組みは徹底しているらしく海輝さんは「最近、写研がフォントをリリースするというような話がありますけど、皆さんもし写研からフォントがリリースされたら、目を皿のよーにして隅々まで使用許諾書を読んだ方がいいです!注意したほうがいい!」と力説しておられた…。

余談だが、この日海輝さんから配布された資料は、すべて写植で打たれたもの…先の話を聞いているだけに「い、いくらかかるんだこれ…」と。すごい贅沢だ。

モリサワMC-B2のタグテキスト

最後は、モリサワMC-B2のタグテキスト。スピーカーはあさうすさん。

専用機であるMC-B2において、タグテキストがどのように使われているかというのを実例で説明。
かなり詳細に説明してくださったんだけど、…ごめん、その前の写研のすごさが衝撃すぎて「○○万…○○万…」が頭にぐるぐるまわっちゃったせいで、内容をよく覚えてない。
ただ、MC-B2は買って試すにはくそ高い専用機だけど、サイトにあるアップデータを落としてもらうと、それがそのままデモ版として使えるので、ぜひ試してみてくださいとのことでした。



とにかく、このセミナー、写研の話がおもしろすぎて、ぜひもっと聞いてみたいということで懇親会でも海輝さんにお話を聞いてみた。
最初に言ったとおり、私は写植での仕事をほとんどやったことがなく、そのため組版についての知識、感覚もいまいち心もとないのだけど、やはり写植をずっと扱っている方というのは、組版に対してもしっかりと知識と感性が身に付いているのだなという感じ。
この日、会場には海輝さんの他にも写研のオペレータをしているという方がいらしていて、その人とも少しお話ができたのだけど、その方も「写植をずっとやってきたので、InDesignで組む文字組などが感覚的にどうしても美しくないと感じる部分がある」と話しておられた。ちなみにどういった部分が美しくないと感じるか?と聞くと「色々あるけど、例えば縦組み中の欧文の処理とか文字の入り方が美しくないと感じます」だそうで…うわー、こういう感性は私は持っていないものでうらやましい。その方の会社では、新人が入社すると「とりあえず3ヶ月は写植で研修をさせる」のだそうな。写植の組版を経験することで、美しい文字組、美しくない文字組の感覚を身につけるのが目的だそうで。

ところで写研といえば、去年のブックフェア電子出版エクスポに突然出展し、広いブースで発表したのはA4の紙一枚、余ったスペースはアンケート記入場所という衝撃があったのだけど、あの写研の文字(フォント)オープン化について写研ユーザーはどう思っているのか。
なんせ写研の名物女社長といえば「私の目の黒いうちは書体の電子化なんてさせない」と豪語していたことは有名で、その写研が突然「電子化するかもしれないよ」と発表したことについて、電子出版エクスポのブースで「社長死んだんですか?」と聞いてしまった人もいたらしい衝撃だったからな。



写研は大きな船で、その船にはたくさんの大切なもの、大切だったものが積んである。その船は今ゆっくりゆっくり沈んでいるところ。
だけど、沈み行く船にはもうほとんど人は残っていない。最後の一人がいなくなるまでぐらいは船はもつだろう。


ふと、あの会社にいた、写植オペレーターのあの人を思い出す。今、彼女は何をしてるんだろう。もう名前も思い出せないけれど。
古株で、みんなからお母さんのように慕われてた。すごく年配の人だと思ってたけど、よく考えたら、今の私と変わらない年だったという事に気がついて、うわあああああああああごめん!おばちゃんとか思ってた!ごめん!