JEPAセミナー EPUBとDRM
「JEPA EPUB 第14回セミナー IDPFのDRM対応とガイド解説」を受けてきました。
電子書籍に関連するDRM(Digital Rights Management)についてと、IDPFが現在まとめているEPUBガイドラインについての説明セミナー。
JEPAのセミナーは、その資料も音声(まれには映像)も終了後公開される。なので、今回のセミナーも音声と資料が公開されている。
セミナーの内容自体はそうやって公開されているので、興味のある人はそちらを参照してほしい。
ここには、自分の感想などを中心にレポートを。
DRM(デジタル著作物の権利保護技術)
イースト株式会社 押山 隆氏
ジュリアス・シーザーが使ったといわれる暗号技術から第二次世界大戦中にドイツ軍で使われたエニグマなど、暗号技術の歴史を簡単に説明。
この辺の話はサイモン・シン著「暗号解読―ロゼッタストーンから量子暗号まで」あたりを読むと面白い。
- 作者: サイモンシン,Simon Singh,青木薫
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2001/07/31
- メディア: 単行本
- 購入: 9人 クリック: 230回
- この商品を含むブログ (245件) を見る
暗号化の歴史が常に暗号の発明と解読(クラック)の繰り返しであるということがよくわかる。
どんなに強固なDRMをかけても、いつかは必ず破られる。破られた後の対策を織り込んで運用しなければならない。
電子書籍におけるDRMについては現在大きくふたつの方向性があり、従来型の堅牢なDRM(ガチガチのシステムで縛ることで不正利用を防ぐが、ユーザーの利便性は低い)とDRMフリーやソーシャルDRM(DRM自体はかけず、署名や購入者の指名などを入れることで不正利用を防止する)に分かれる。
一足先に電子化の進んだ音楽業界では、当初堅牢なDRMのみだったのが、ユーザーの利便性を重視したDRMフリーも増えている。2012年10月施行の著作権法改正などで法的な取り締まりが可能になったこともDRMフリーを後押し。ただし、著作権法で取り締まられるのは音楽・写真データのみであり、電子書籍データは対象外である。
IDPFのEPUB LCP(Lightweight Content Protection)とは何か
JEPA 事務局長 三瓶 徹氏
EPUB LCP(Lightweight Content Protection)はガチガチの堅牢なDRMとDRMフリーの中間に位置する、プロテクション。
IDPFで現在規格を制定中。
標準化団体であるIDPFがDRMの仕様をまとめることについては「必要ないのではないか」「そんなことより、EPUB固定フォーマットの仕様策定を早く進めた方がいい」といった意見もあるらしいが、現状標準DRMの不在により、各販売者によって互換性のないDRM技術が採用されておりユーザーは端末やアプリに縛られている。
標準フォーマットとしてのEPUBもDRMによって特定端末などに縛られることになり、今後の発展が阻害される可能性がある。
LCPのプロテクトはヘビーなDRMに比べれば弱いが、ヘビーなDRMも結果的にはいつか破られるのであると考えれば、ライトなプロテクトを採用しユーザーの利便性をとった方がよいのではないか。不正利用の防止は法整備などによる抑止力に期待する。
電子データの保護では一足先に音楽業界でヘビーDRMが採用されてきたが、音楽データの販売と書籍データの販売ではビジネスモデルが違い、書籍には様々なジャンルと用途がある。一律に同じDRMを採用するべきではない。
ヘビーなDRMは利用するのに複雑なシステムを必要とし、そのコストは結果的にユーザーが負担している。
各種のDRMに相互運用性、互換性がなくこれを解決するのが難しい(多くの場合DRMは配信業者によるユーザーの囲い込みにつながっている)
DRM技術に各種の特許が設定されており、これによりますます運用の複雑化とコスト増につながっている。
以上の点からLCPの制定を模索中(現在ドラフトが公開されている)
LCPの条件としては
- 特殊なハードウエア、凝ったソフトウエアを要求しない。複雑なサーバーとのやり取りなども要求しないこと。
- 配信者がサービスを打ち切っても、継続すること(配信業者がサービスやめたらデータが見えなくなるというようなことがないこと)
- ユーザーへの侵入を最小限とすること(トレイタ・トレーシングのように、データを所有したユーザーを特定し、ユーザーの特定、追跡などを行わない)
つまりLCPは「各種ハードなどに縛られない」「標準規格なので販売業者がつぶれても読むことができる」「必要以上の情報収集やユーザー負担をかけない」プロテクトということ。
既存のヘビーなDRMの問題点をふまえて、もっと軽量なDRMを標準として提案しようというわけだけど…
これに対してJEPA会員社からの意見として
- どのレベルのDRMを導入するかは配信サイドの自由(配信事業者)
- 標準化団体(IDPF)が標準化でないものに立ち入るのはおかしい(DRM事業者他)
- PDFのパスワード程度の仕様をEPUBにも作ろうというぐらいの話ならいいと思う(DRM事業者他)
といった意見がでている
講師の二人にIDPF理事である小林龍生氏を加えてDRMについての討論会
(このディスカッションコーナーは私の手書きメモを元に再現したもので、当然書き漏らした部分もあるし、この通りの発言があったという保証はありません。こんな感じの話があったよ、という程度のものです)
[ディスカッション参加者]
小林 龍生(IDPF理事)
三瓶 徹(JEPA事務局長)
押山 隆(イースト株式会社)
――
小林「まず今日のこのセッションについて。今IDPFのボードミーティングでLCPについての議論があっている。ボードミーティングは月一回なのだけど、DRMの話になると議論が長過ぎて他の話ができない。僕はDRMの話は詳しくないのでその議論が全然わからない。なので、今日は三瓶さんがDRMの専門家だということなので、DRMについて説明してくださいとおねがいして講演してもらった。で、今日の話を聞いたわけだけど、話を聞いて今ボードミーティングで議論されていることが、別に聞いてなくてもいいような話だってことがわかった(笑)今日はDRMの技術的な問題についてお二人に聞こうと思う」
小林「Twitterでブルース・ウィリスが『自分が購入した電子書籍は子供や孫が読むことはできるんだろうか』みたいなツイートをしたらしいんだけど、書物のよさというのに自分が読んだ本を子供や孫も読むことができる、世代を超えて伝えることができるというところがあると思う。電子書籍が書物であるというなら、そういう部分を技術者としてはどう考えているか聞きたいのだけど」
押山「データの超長期保存という話になると思うのですが…。本を子供に譲るというか、ファミリーで本を共有するという方法についてはDRMフリーのデータを共有するとか、あと使用許諾とかの問題はあるけどID、パスワードを家族で共有するという形があると思う」
三瓶「技術的にはいろんな方法があると思うが、まず考え方として、売らないこと。所有物ではなく、貸本、レンタルという形をとる。一時的に使うだけという形であればそもそも世代間で譲るという話にならない。永久に使えるというのはないという考えがある」
小林「突然貸本とかレンタルとかいわれると虚をつかれるというか足下をすくわれたような感じだな(笑)10年以上前に関わった電子書籍コンソーシアム※とかいう、思い出したくもないことを思い出した(笑)あれはDRMをかけるということが電子書籍に課金をするということとイコールだった。」
※1998年に大手出版社数社が中心になって通産省の資金で行った電子書籍出版の実験。2年で大コケして幕を閉じた。
小林「電子書籍を売るというバイアウト、セルアウトという形はなじまなくて、電子書籍の使用権、読む権利を貸すという形でしかないという、クラウドモデル、データはサーバにあって読むときだけデータをとってくる、こういったモデルでの使用権についての議論というのはどのぐらいなされているのか」
三瓶「RENTA!とかパピレスとかクラウドモデル(での電子書籍)の例はあるね。前の悪夢(電子書籍コンソーシアム)の時は(事業が終了したとき、購入した本の使用権は)どうしたんだっけ?図書券で返金?」
小林「あれ自体はいずれ終わるサービスという前提だったから…」
――
小林「ソーシャルDRM※を言い出したのは誰だっけ?ビル・マッコイ?」
※コンテンツに購入者個人を特定できる情報を埋め込むことによって、流出の抑止とする考え方
押山「彼がAdobeの技術者だったころ、そういう考え方を出してましたね」
小林「ソーシャルDRMというのは、物理的なDRMではなくて社会的、心理的なものでコンテンツの権利を守るという物。僕はこのソーシャルDRMという言葉を最初誤解していたのだけど、権利を個人あるいはファミリーのようなグループで保持するというものかと思ってた。例えばKindleで読んだ本のつづきがkoboで読めるとかいうようなもの。丸善で買った本がKinoppyで読めないと困るよねとか。そういうための技術がソーシャルDRMなのかと思ってた」
三瓶「昔はそういう(すべてのサービスで共有できる)ことを考えた人も多かったんだけど、例えば片方で400円で売ってるものが片方で500円だとか、片方では無期限だけど片方では1ヶ月だとか、とにかくそういう部分を調整しようとすると無理だったんだよね」
小林「ビル・マッコイがソーシャルDRMを言い出して、いまだにこだわっている。彼が実現したいと思っている事は自分もこうなればいいなと思っていることに近いのだけど、それが実現するには社会的な合意とか刑罰がなければ駄目という事だろうか?」
三瓶「刑罰というより、コンセンサスと教育という事になるだろうね」
押山「ビル・マッコイのいうソーシャルDRMとLCPというのは方向は同じなんだけど、コンテンツを暗号化するかしないかという部分で技術的に違う。LCPは暗号化を入れるが、ソーシャルDRMではしない。ここが技術的に違うところ」
三瓶「暗号化しておかないと(それがクラックされたときに)著作権法に触れることにならないので(LCPには)暗号化を入れた」
小林「JIS規格っていうのがあってあれは使おうとするとすごく高いのだけど、Webで閲覧はできる。だけどほとんどがビットマップでダウンロード禁止。で、購入すると『小林龍生が買った』ってデータに入ってるの。買ったものはコピーできるんだよ、でも名前が入ってるからやりづらい」
押山「それはソーシャルDRMですね」
小林「だから署名とパスワードを埋め込んでやるっていうのはかなりな制約になると思うのだけど」
三瓶「それはできるし、もちろんやり方としてはいくらでもある。逆に言うとLCPもいらなくてそれだけでいいとも言えるのだけど、アメリカの場合パスワードを使わせないといけないとかそういう話もあるしね」
――
三瓶「(日本で電子書籍を販売する)皆さんが主に(違法コピーを)心配しているのはコミックなどの(よく売れる)コンテンツについてなんです。日本ではそのあたりにポイントがあるんだと思う。紙のコミックだってコピーしようと思えばできるんだけどね、でも特に何もしていない。だけどデジタルデータについてはDRMを気にする。」
小林「なんだっけ『ブラックジャックによろしく』だっけ完全にフリーにしたっていうのがあったよね?あれについては?誰か詳しい人いる?」(会場の参加者に聞く)
参加者「佐藤秀峰さんの事だと思いますが、あの人は、ネットでフリーで公開しても買う人は買うし、買わない人は何をしても買わないから気にならないと言ってます」
三瓶「DRMをハックするというけど、たとえばハックする気にならないシステム、固定料金で読み放題とかね、だとする必要がないのでハックしない」
小林「DRMそのものが必要ないのではないかという意見も出ている。これからこの部分は議論が進むと思うので注視していきたいね」
(第一部終了)
IDPF EPUBガイドラインの位置づけとInternationalization Guideline
IDPF EPUB WG コーディーネーター 村田 真氏
IDPFでは現在EPUB作成のガイドラインとなる「EPUB 3 Best Practices」という書籍を製作中。これはO'Reilly社で無償公開されている「What is EPUB 3?」「Accessible EPUB 3」に新たな情報を付け加えたもので、オライリー社より発売予定。
EPUBについての考え方で日本と欧米との違いとして、欧米ではガイドラインを求める声は少なく、EPUB2の頃からの知識の蓄積のもとにEPUBを作成している。さらにレイアウトにさほどこだわらない。
対して日本では、EPUB2があまり普及しなかったためEPUB3からようやく実用段階に入ったところ。そのためガイドラインを求める声が多く、さらにレイアウトにとてもこだわる。
国内ですでにまとめられたガイドラインもいくつかあるが、IDPFがまとめようとしているガイドラインは、EPUB作成の根源的なガイドラインとなる。EPUBを作る上のでの根源的な考え方をまとめたもの。
――セッション終了後の質疑応答内にて
EPUBへのフォント埋め込みについて、欧米で現在議論中であるが、フォントメーカーから激しい抵抗を受けている。日本でも今後EPUBへのフォント埋め込みについて議論が始まると思うが同様に一筋縄ではいかないだろう。
What is EPUB 3?とAccessibility
イースト株式会社 高瀬 拓史氏
O'Reilly社で無償公開されている「What is EPUB 3?」「Accessible EPUB 3」の内容についての解説。
(第二部終了)
【感想】
まずIDPFがまとめようとしているLCP(軽度なプロテクトのDRM)について。
せっかくEPUBという共通フォーマットが普及しようとしているのに、各社のDRMによって互換性がなくなり、結果的にユーザーに不便を強いている。だから、各社が共通で使えるDRMを提供して、これを使うことでEPUBの利便性を損なわないようにしよう、という考えは理解できる。
だけども実際にこのLCPがまとめられたからといって、今他のヘビーDRMを採用している電子書籍サービスがこのDRMに置き換わるとは考えづらい。
各電子書籍のサービスが導入しているDRMのサービスは、違法コピーの防止のためでもあるけど、ユーザーの囲い込みという部分もある。なので、標準のDRMというものを採用することはないと思う。
どちらかというとLCPは、DRMフリーで運用しているような電子書籍について、簡易的なDRMを導入する用途に使われることになるんじゃないか。
PDFのパスワード保護機能のような、デフォルトの保護機能としての役割だと思う。
電子書籍におけるDRMが今後どうなっていくか、という議論については、電子書籍のジャンルによって採用されるDRMが違うものになるだろうと思う。
電子書籍には雑誌、コミック、専門書、小説、マニュアル本…などなど様々なジャンルがあり、その中にはDRMを必要としないものや、購入者の情報を埋め込むソーシャルDRMで十分という物も多いだろう。DRMを破りたいと思わないようなものに強固なDRMをかけるのは無駄である。反対に強固なDRMで守らなければ違法コピーから保護できないものもある。
具体的にいうと、日本で一番売れている電子書籍のジャンルはどう考えても漫画、コミックの分野だと思うのだけど、この分野に関してはかなり強固なDRMで守らないと、海賊版があふれることになるだろう。
一方で、専門書、マニュアルなど特定の人のみが必要とするような本はソーシャルDRM、フリーDRMで十分かもしれない。
DRMが破られる事については、かつてiTunes Storeで音楽データの販売が始まったとき「音楽データを売ると、そのデータが海賊版として流される」という意見があった。しかし実際には「違法データを手に入れるための手間より、正規で購入した方が簡単でコストが低い」という状況になれば人は料金をだして音楽データを買う。
DRMをクラックする手間より正規購入する方が楽でそこまでコストが高くなければ、DRMを破ろうと考える人は少なくなる(0になるとは言わない。クラックする事自体が楽しい人もいるのだし)
それよりも正規購入する手間やコストを減らして購入しやすくし、電子書籍を買う人を増やすという方が、電子書籍の普及にはいいだろう。実際iTunes storeができて、音楽データをネットで買う人は増えたのだし。
対談の中で小林氏から提議された「電子書籍を子供や孫に伝える事ができるか?」という話だけれど、そもそも電子書籍は書籍と名前がついているけどただのデータであり、紙の本とはまったく違うものである。
書籍だ、と考えるから「子供や孫に」という発想が出てくるのだろうけど、これは「僕がもっているwordのデータを将来子供や孫にも読ませたい」といっているのに近い。多分無理だ。
そう考えると、電子書籍を所有するというのは、紙の書籍を所有するという事とは全く違うものなのだ。
少なくとも、この10数年ですら一つのデジタルデータを読める状態で保持できてない。ほんの10年前まで現役ばりばりだったQuarkのデータだって読めなくなりつつあるしな。ソフトもヤバいがハードが持たないんだよな。
数十年単位で保持できる電子書籍データをというのは、今後検討していくべき課題だとは思うが、今の段階でそれができない事を問題にするべきではないだろう。