ちくちく日記

DTP系備忘録。真面目にやってます。

JEPA 国際 デジタル教科書 技術ワークショップ

JEPAのセミナー「国際 デジタル教科書 技術ワークショップ」を受けてきました。
内容が面白かったので、まるっと書き起こしレポート。
例によって、やたら長いので、全部読めないという方は最後に私の感想とまとめをおいときますので、そちらをごらんください。

まるっと書き起こしといっても、すべて私の手書きメモからの書き起こしですので、当然細部に違いはありますし、書き漏らした部分もあります。大体こんな感じだった程度に思ってください。
このセミナーに関しては、当日の資料と映像すべてが公開されています。興味のある方は是非そちらをご覧ください。特にデモ部分などはテキストの書き起こしでは表現できませんので。

「欧州の教科書標準化動向」

Markus Gylling(IDPF CTO EPUB Working group 議長、DAISY Consortium CTO)

IDPFのCTOでありEPUBの規格を制定するワーキンググループの議長のMarkus Gylling氏より
教育現場にデジタル教科書(教科書そのものというより、デジタル教科書を使った教育システム)を導入するためにどういった物、技術が必要なのか、何が問題となっているのかをヨーロッパ、アメリカの事例を交えて紹介

Markus Gylling:元々の講演依頼では「ヨーロッパの事例」という事でしたが、ヨーロッパだけでは事例が少なくて話がすぐ終わってしまうので、アメリカの事例も含めておはなしします。
今日私が話す内容がすべての事を網羅しているわけではないが、その辺は他の方の話と合わせれば全体像がわかると思います。

デジタル教育のシステムを導入すること自体は難しくありません。ただし、それは一社のシステムのみを使う時です。
一社のみで、コンテンツ、サーバー、サーバーアプリすべてを提供しそれを利用するなら簡単です。
しかし一社のみですべてを賄うというのは、その一社に縛られてしまいそこから抜け出すのは大変です。そもそも一社独占というのが非合法になる場合もあります。

ですから(システム、規格の)標準化というものが必要なのです。


(デジタル教科書を利用した教育システムを構築するにあたって)ベンダーに縛られず、中立であるために必要な物

  • サーバー
  • 閲覧するための端末、リーダーソフト
  • コミニケーションプロトコル
  • コンテンツ

この中でコミニケーションプロトコルについて、システムに必要な機能は以下のものが考えられる

・コンテンツ(教材)の発行に伴う権利を付加する機能が必要
・どんなカリキュラム、コースであるかの管理
クラウドベースでの(クライアントの)状態管理
 生徒がどこまで進んでいるか理解できているかの把握
・宿題をどのように割当て、管理するか
 生徒の理解度などによって、適切な宿題を出す、またその提出などの管理
・テストをどうやって実施するか
・生徒や教師が教材に注釈を自由に入れられる、その注釈をお互いに見たり、自分だけで見たり、特定のメンバーで共有したりできる


さらに、いくつかの必要条件があります

・デバイスについて、どのデバイスでも問題なく動く必要がある
・トレードブル、「ここがわからない」というコメントに先生や生徒がコメントをつけられること
・マルチモーダル、テキストだけでなく、絵や音声をつける事が出来る必要がある
・権利とオーナーシップ、誰がそのコンテンツの権利を持っているかの情報管理
・シェアリング、一人がアクセスするか、誰でも見られるか特定の人だけが見られるかの管理
・注釈のインポート/エクスポート、教材に書き込まれた注釈を書き出して別の環境で再現する方法が必要


W3Cではこういった部分の標準化に取り組んでいます。すべての必要条件がHTML5、EPUB3で可能になる。


adaption/remixing(教材の適材利用について)

remixingというのはアメリカでは流行語みたいなもので、先生方の需要が高い。
多数の教材の中から先生が選んだもので生徒にカスタマイズして提供する機能。

これを実現するためには教材は細かく分割された単位で(データベースに)ある事。
ただし、教材の著者(著作権者)がここまで分割できる、これ以上は出来ないという設定が出来る事。
日本で教材を使う先生方にこういったカスタマイズが必要かどうかはわからないが、アメリカで先生方に意見を聞くと、こういったカスタマイズを一度使うと大変便利でやめられないということで需要が高い機能


コンテンツについて
 どの端末であっても適応した表示ができるリフローラブルなコンテンツも欲しいし、一定の見た目を提供できるコンテンツ(デバイスも固定される)も欲しい
ビデオや音声といったものも欲しいし、入力や応答が可能な(インタラクティブな)ものも欲しい。

多くの出版社は紙の物と同じ(見た目の)ものをデジタルで出そうとする(が、それはどうか?というようなニュアンス)

コンテンツを「読む」のはオンラインでもオフラインでもキャンバス内でもキャンバス外でも、場所に縛られないようにしなければならない


アクセシビリティ

アクセシビリティの内容については、この後河村氏からより詳細な説明があるので、ここでは概要の説明にとどめておきますが、HTML5にはPDFなどに比べて非常に優れたアクセシビリティがある。アクセシビリティ向上のためにタグが追加されている。
EPUB3にもHTML5にテキスト読み上げなど、さらに機能を追加している

ただし、これらはあくまで技術にすぎずそれらを出版社(教材の制作者)が使う為には書籍やテンプレートといった、ガイド等が必要だろうと考えている。


USAの事例紹介
(実際に利用されている、教育システムのデモが行われた)



「アクセシブルな教科書とは?」

河村 宏特定非営利活動法人支援技術開発機構副会長、DAISY Consortium 理事)

DAISYコンソーシアムは様々な障害を持つ人にとってのアクセシビリティの為の規格を制定する団体
その理事の立場から、そもそもどういった人がこの規格を求めているのか、求められている規格、技術とはどういった物なのか。
それがデジタル教科書という教育の分野でどう取り入れられるべきなのかを解説

河村宏DAISYコンソーシアムが考えるアクセシビリティとはグローバルなものです。

現在、紙の出版物から閉め出されている人が多いのはどこか、それは発展途上国、中でも多言語の国。文字が読めない、又は読めても自分の母語でない物で書かれた書籍は読めないという人がたくさんいる。

そこで考えるアクセシビリティ。国連でもこの問題について議論されています。
障碍者や技術者だけでなく、国連という場で外交官という立場の人達がこの問題を議論していることに注目してください。

アクセシビリティとは多様な人間のニーズに応えて、情報を提供できるということ。
それには国際的なユースケース、どのような場面で必要とされているかの例の収集が必要です。

標準化団体で規格を決めるというだけでなく、デジタルデバイド(パソコンなどのIT機器を使えない事で情報格差が生まれている)と言える状況をデジタルオポチュニティ(デジタルを使う事で情報格差を解決すること)に変えるために何が必要なのか、それがユニバーサルデザインでありアクセシビリティである

DAISYコンソーシアムが想定するユースケースは、かなりギリギリの状況を考えています。
それは災害などの時です。情報を手に入れられるかどうかという事が生死を分ける場面です。
たとえば「危ない!逃げろ!」と言われたとして、どこに逃げるのか、どうやって逃げるのかそれは事前に知識を得ていなければ分かりません。
情報を得る事と得た情報を判断する事が必要なのです。

災害時に情報を手に入れる事ができるようにするにはどうするべきかを考えなければいけません。

途上国の状況からもユースケースを学べます。

南アフリカでは現在HIVの陽性率が40%近くあります。このような環境では予防の知識だけでなく罹患した人に病気についての知識をもたせる必要があります。この情報は、医学書並に正確なものでなければなりません。
この場合、作成されたマニュアルはどんな人でも読めるように多言語対応する必要があります。(南アフリカで使用されている)11の公用語すべてをカバーを目指しています。
さらに、識字率が低い事を考えて、文字を音声で読み上げる機能も必要です。

アクセシビリティとはそこに書かれている情報がわかる手段を提供することです。


教科書と教材について

コンテンツが一つあって、そこにアタッチメントとして音声、点字、動画(手話)を入れる事で、障害を持つ人が情報を読み取れるようになる。
たとえば、聾者の方で第一言語として手話を取得した人は、文字で書かれた言葉を読み取るのが困難です。手話という手振りや表情といったボディーランゲージと通常の文字では文法の違いや、動作によって意味を読み取るという感覚との違いがあるため、テキストとして表示された言語を結びつける事が難しいのです。

EPUB3には動画が入れられるので表示されるテキストと手話を結びつける事ができる技術に期待しています。


プリントディスアビリティ(印刷された文字情報を読むことができない状態)

視覚障害なども含め「読めない人」は総人口の20-50%を占めると言われます。
これはたとえば、両手が無いとか、パーキンソン病などで四肢が不自由で書籍にアクセスできないといった状態、さらに識字障害であるディスレクシアなども含みます。

通常の人であっても例えば脳梗塞など脳の障害を負う事によって、いままで読めていた文字が読めなくなるといったケースは多く、プリントディスアビリティは潜在的に非常に多くいると考えます。

識字障害であるディスレクシアは世界中におり、総人口の5-10%ぐらい。日本では5%程度存在すると考えられています。
ディスレクシアを抱える子供は、紙に印刷された文字の教科書を読む事ができない。子供に必要な教材が与えられていないことにより学習機会を失う子供が多い。

文章を読み上げるトーキングブックがあればディスレクシアがあっても文章を読む事ができる。
ディスレクシアと一言でいってもその障害は様々で、音声のみであれば理解できる人、音声と同時にテキストをハイライトすれば分かる人、音声を聞きながらであればテキストをたどる事が出来る人など、そのニーズは様々。

これらのすべてのニーズに一つのコンテンツで対応できたらよいと考えている。(つまり一つのコンテンツの中にすべての機能を持たせる)
さらに、音声だけでなくピンディスプレイによる点字の表示などができればよい。

幅広いニーズに一つのソースで応える、一つの規格のプラットフォームに盛り込みたい。
これは、この機能はこっち、この機能はあっちというように分散すると採用しづらくなる。
また、なんでもかんでも機能を詰め込み過ぎてリッチになってしまうのもこまる。環境(デバイス)に合わせて機能が制限できるなどのコントロールが必要


学校・教育・仕事の場においてのDAISY活用

アメリカでは法律によって紙の教科書を作成するところはデータの提出が義務づけられている。
この提出データはフォーマットが規定されておりそのフォーマットにそったデータを提出する。

現在の状況から、すべての生徒がデジタル教科書を使うという状況より、紙の教科書と(ディスレクシアなどの障害に対応した)デジタル教科書との混在のシーンが先に増えるだろうと思われ、共存する環境に合わせた注意が必要になる。

例えば、紙の教科書には何ページという概念があるが、デジタル教科書にはない場合が多い。「○○ページを開いて」といった指示はできない。
教育の場でなくても、たとえば学会のような場でも紙とデジタルが混在することは考えられる。


各国のデジタル教科書普及

ブラジルでは一人1台のデバイス配布を行っている。
韓国もEPUB3で教科書を作っているが、これのアクセシビリティはどの程度のものか不明。
タイは一人1台のタブレットを配布している(小中学校に投入)ただ、ハードスペックが低くアクセシビリティの実現には非力である。

現時点で、アクセシビリティにまで配慮されたデバイスを配布できているといった事例は聞いた事がない。ハードウェアの選定の段階で失敗している事が多い。


教科書の電子化を考える時に、今、紙の教科書から(障害などで)閉め出されている生徒がデジタル化の際もさらに閉め出されるということでは、その生徒はいつ教育を受けるチャンスが与えられるのか。教科書の電子化にはそういう配慮が必要である。


会場でのQ&A

Q 様々な機能が要求されているが、これらを満たすのは大変。それよりもっと簡単な機能で、最低限の実装をしたものでいいからできないかと思う

A すべての要件をすべて満たす必要はない。テキストのみでだして、それを(別の)読み上げエンジンに処理させたりする事もできる。
IDPFもDAISYも「規格」を作っているだけであり、ほんとうにその機能を持たせるかどうかはコンテンツ制作者に任せるしか無い。強制的にやらせることはできない。ただ、規格としては必要とされるすべての項目を設定しておかなければならないということ


Q EPUB3がなかなか広まらないのはエディターの貧弱さなど制作のプラットフォームがないからではないか

A MS WordにEPUB3の書き出しがついた、これがきっかけにならないかと思う。でもそれ以外にもコンテンツの制作ツールが必要だとは思う


「デジタル教科書の開発・導入傾向と機能要件の整理」

田村 恭久上智大学理工学部 准教授)

上智大学にて教育工学を研究する田村氏より、日本でのデジタル教科書の現状や問題点、デジタル教科書に必要な機能の提示とその機能を盛り込んだデジタル教科書試作開発のデモ

田村 恭久:現在デジタル教科書の導入が盛んな国として、韓国、シンガポール、タイなどがある。日本でも2011年に文科省がデジタル教科書についての提言をだしている。これは単なる紙の教科書のリプレイスではなく、個別学習などアクティブラーニングまで見据えた内容となっており、これにそって現在実証実験が行われ、テスト用に対応する電子教科書などが作られている

電子教科書の問題点としてステークホルダー(利害関係者)が非常に多い事がある。

電子出版であれば出版社、編集者、出版取次、読者ぐらいが利害関係者。
これが電子教科書になると、文科省教育委員会、出版社、編集者、先生と生徒とステークホルダーがふえ、さらに今までいなかったステークホルダーとして、サーバーやデバイスといった機器の導入者、インフラ管理者、コンテンツの管理者が加わる事になる。

電子教科書での教育は、単にいままでの授業をそのまま(教材を)デジタルにするだけでは不十分だろう。
例えば、日本の教育は「議論」をするためのトレーニングが出来ていないとよく言われる。今日のこのセミナーも大学の講義などと同じく講師がしゃべってそれを(黙って)聞くというスタイル。
小学生ぐらいだと授業中に手を挙げて意見をいうといった授業もあるが、高校、大学と進むにつれて「黙って聞く」スタイルが増える。これで社会にでて「意見をいいなさい」と言ってもムリ。
そういった「議論する」ためのトレーニングなども取り入れた「アクティブラーニング」を教科書に取り入れる必要がある

それ以外にも生徒の学習速度や適応度に合わせた対応が出来る事や、デジタルネイティブと言われる世代への対応。デジタルネイティブ世代は「調べる」事を自然に行う。GoogledやWikipediaでの検索など。これは彼らに取って当然であり、これを抑えて「教科書」の中だけで勉強させよう、この枠からでてはいけないというのはムリ。

デジタル教科書に何が必要なのか、どういう勉強方法があるのか、こういった議論、コンセンサスがほとんどなされていない。
先ほどMarkus Gylling氏のセッション、アメリカの事例で教科書のコンテンツを先生がリミックして使うという話があったが、果たして日本でこれをやって文科省(検定教科書)が許すかというのは微妙ですね

そういったいろんな立場とかはありますが、私としては純粋に技術屋としてデジタル教科書のスペックスタンダードとはどうあるべきか、というのを考えている。
フォーマットとしてはEPUB3を考えているが、EPUBというリフロー型の形式を選ぶ事のデメリットとしてPDFなどとちがってページ指定が出来にくいというのがあるが、そういう事も含めた教授方法から考えていくべきだと思う。


(資料)「生徒用電子教科書に要求される機能」

資料は生徒用電子教科書に必要であろう機能(認証/著作権/内容表示/関連情報/学習者による情報追加)と各項目の詳細図
この程度の機能は必要となると考え、デジタル教科書の試作品を作成した。
(資料、および試作品のEPUBデータはhttp://www.epubcafe.jp/egls/epubseminar28からダウンロードすることができる TamulaboDigitalTextSample0604n.epub というファイルをダウンロード)

設定した各項目を実際のEPUB3ファイルに実装し、各デバイスでのテストを行っているが、クリアできない端末が多かった。
機能の実装にはjavascriptを使っているものが多く、kindleなどそもそもjavascriptの動かない端末では動作させられなかったため。
しかし、その中でも一番成績のよかったiBooks3 (iPad2)でも全項目の5割程度しかクリアできなかった。


デモではipadが配布され、実際にデジタル教科書の中に搭載された掲示板機能や手書き入力などを試す事ができた。


触った感想

・javasceriptなどがふんだんに盛り込まれているせいか読み込みなどが遅く、アクションごとに反応をまつ感じ
・教科書から掲示板などのWebブラウザのサービスにうつると、教科書に戻るのにブラウザ閉じる→教科書アプリをダブルクリックなどの動作が必要でスムーズではない
掲示板、手書き入力などの機能が用意されているが、インターフェースや動作感などは特に練り込まれたものではないので、実際にスムーズに使わせようと思うともっと練り込んだ実装が必要だろう

また、実装として今回のものはとりあえず最低限の機能を実現しただけなので、たとえば掲示板にアクセスし文字を書き込む機能では書き込まれた内容をクラス単位、学年単位、学校単位といった管理をする機能などは搭載していない(多分そちらは教科書側の機能というより管理サーバー側の機能になるだろう)


電子教科書制作におけるこういった技術的制約、ハードウェア的制約をどうやって乗り越えていくか。
技術的に作りやすく、使用者(生徒)の満足度をあげていかなければならない。
技術屋としては、EPUBリーダーの開発ではなく、WEBブラウザのアドオンで実装できないかと考えている。これはEPUBリーダーに通信機能をのせようとすると大変難しいのだがWebブラウザのアドオンであればここが簡単にクリアできるため。


会場でのQ&A

Q 試作は機能を実現するためにjavascriptをかなり利用しているがEPUBjavascriptの使用は認められるかどうか
A
Markus Gylling氏より回答
idpfとしてEPUBの中でjavascriptを使用する事を禁止しているということはない
javascriptの使用については長期的に見てそのjavascriptが動作できなくなる可能性もあるだろうということ。ただ、これを使用させずにテキストベースだけですべての要求仕様に応えようとするとあと30年はかかるだろう
まず、今必要な機能を実装するのにjavascriptで作ってみて、その中でどうしても必要な物だけを規格として規定していけば良いと思う。

Q こういった電子教科書のテンプレートのようなものを公開してもらえないか

A テンプレートの作成や配布は今後の課題(とりあえず、今回のデモファイルは公開されている)
Markus Gylling氏より回答
idpfでライブラリを整備しようとしている。中心ターゲットはテキストブックで。


Q これだけ様々な機能、要求にEPUBで対応しようとするとどうしても動作は重くなると思うが、たとえば電子書籍作成でいえばADPSなど他にも制作ソリューションやフォーマットなどはあるなか、あえてEPUBを選択する意味はあるか

A 他のソリューションによるフォーマットと比べた時に、作成物を日本中に配るときのトータルコスト、他のソフトを使ったときの総コストなどを比較して選択するべき
Markus Gylling氏より回答
性能について言えば、常にアプリケーションベースのものがWebベースのものより上になるというのはある。ただ、これはいずれ追いついていける話ではある



「ベネッセの電子教材制作について」

阿部健二桑野和行(ベネッセ)

「チャレンジ」などで有名な教材販売会社のベネッセの電子教材への取り組みについて
ベネッセでは教科コンテンツをXMLで管理し、紙面の自動組版はもちろん、XMLからの多展開を行っている
今回は、実例を交えて具体的な取り組みについて説明

ベネッセのデジタルコンテンツへの取り組み

ベネッセの電子教材への取り組みは80年代から行っている。古くはファミコンにつなげて使うソフト、その後DSなどのゲーム端末で使える学習ソフトなど。
現在ではiPod touchやベネッセオリジナルのAndroid端末を提供している。


ベネッセのデジタルコンテンツの管理方法

教材として使用されるコンテンツは色々あるが、その中でドリル系商品の例をとって説明

ドリル系商品のなかで使用される教材「問題・回答・解説」これがコンテンツである
このコンテンツを形にするときのレイアウトは商品や規格によって変わるものである。

なのでコンテンツである「問題・回答・解説」をXMLコンテンツとしてサーバで管理、コンテンツの入力はWEBブラウザを通して外部の執筆者でも行えるようになっている、コンテンツを蓄積したDBのXMLサーバからPDFやXSLTなど様々なフォーマットに対応して書き出しを行っている。

コンテンツ数はかなり多い。
現在のシステムのレベルはかなり高いと自負しているが、自社独自規格として構築されているので、現在XMLスキーマHTML5版を作成中である。
これは将来、自社以外のコンテンツホルダーとのデータのやり取りに備えてということと、おこがましいが教育系メタデータの標準作りの露払いになればと考えている。


EPUBへの取り組み

昨年度からEPUBへの取り組みを進めている、現在テスト制作を行っている段階
コンテンツ管理システムから自動アウトプットでEPUB作成、一つ一つ手作りではないので大量生産可能
EPUBのリフロー型のレイアウトに固執している。これは、一つのファイルでマルチデバイスに対応できるというところに魅力を感じるため
アクセシビリティに関しては文字サイズの変更などに対応する程度


作成したEPUBについて

数式、ルビなど組版的要素については(現在はまだ合格基準に達していない部分があるが)いずれ適用となるだろう、というか紙と同じ見た目にこだわるのはナンセンスと考えている
解答の正誤判定や補足テキストのポップアップ表示などはjavascriptを使って実現。これはビューワーやデバイスのパフォーマンスに左右されるというところが改善しなければならないところ。
デモではMac上のreadiumで軽く動作していたが、デバイスなどによっては動作がわるくなる。
また、数式などの複雑な組版も画像ではなくテキストでの表示に対応しているが、解答者の入力にその組版を入力させる事ができないので、数学の問題などはどうしても記入式の解答ではなく選択式にせざるを得ないなど技術的な制限がある


EPUB導入における課題

  • ビューワー

コストは出来るだけ抑えたいが、パフォーマンスは問題。特にjavascriptを使った時のパフォーマンスには難あり
Readium SDKWEBブラウザEPUBビューワー機能の追加に期待している

コンテンツホルダーとしてはDRMにこだわりたいが、ユーザーの利便性と秤にかけつつの対応となる。最近ではハリーポッターDRMフリーなどの事例もあるし、そういった事例を参考にしつつ考える

  • コンテンツ制作者の頭の切り替え

どうしても今まで制作してきた人間は「紙面と同じ見た目、品質」を求める
リフロー型という特性からデバイスなどによって体裁が変化するものだが「体裁ごとに校正しなければいけないのか」といった意見が出てしまう
教材という性質上「分かっていない人が分かるようになるための物」であるので、体裁によって理解の妨げになるようではいけないと考えている。


教育コンテンツ制作の悩み

メディアの進化に対応していくために制作費が増加する
電子書籍は漫画や文芸書などが牽引役となっているので、技術の進化もこういった分野からで、教育分野の技術進化は遅れがち
例えば、数式や多重下線など、教材コンテンツに必須の複雑な体裁がなかなか対応できていない。教育における電子書籍の標準規格をどう作るべきかと考えている
電子化による学習機会の拡大やアクセシビリティへの対応は必要だが、コストとの兼ね合いもあり、以下に制作コストを抑えつつ対応するか

今後は、レンダリング技術の歯科と(教材のために必要な機能の)規格標準化に期待している


会場でのQ&A

Q 検定教科書を作成している会社などと話すと総じてEPUBの採用には後ろ向きです。曰く「表現力が十分でない」「Fontの問題」「プロ向けのオーサリング環境がない」といった所。コンテンツホルダーEPUBを採用してもらうにはどうすればいいと思われますか
A
日本電子出版協会 副会長 下川氏より回答
EPUBの標準化というのはできているが、それぞれの課題は山積みです。今、この時点でどうかというより今後、これからこれらの問題に対処していこうというところです。

Q コンテンツ作成者と話をすると、ほとんどがInDesignだPDFだとレイアウトやビジュアル(重視の制作手法)にこだわるのだけど、ベネッセさんがXMLからの自動生成という、コンテンツ中心にした制作フローを採用しているのはなぜか

A ベネッセ 教材制作において、年間大量の制作物を作らなければならないのですが、教材という性質上、間違いがあってはならない。大量の制作物そのすべてをチェックするとなると校正の負荷が大変なものになる。なので、ビジュアル中心にこだわらず、校正されたコンテンツを用意しておいてそれを流用するという、コンテンツ中心のワークフローにしている。



【感想】

デジタル教科書の現状と今後の展望についてのワークショップということで、現在のデジタル教科書…というより、教育とデジタルを巡る問題点などが色々な視点から提示されるとてもいいセミナーでした。

Markus Gylling氏と田村 恭久氏のセッションではそれぞれ「デジタル教科書を使った教育を行う上でデジタル教科書にはどういった機能が必要とされるのか」といった問題について
「教科書」というコンテンツだけを電子化すればいいという物ではなく、それらを管理するサーバーや管理ソフト、表示する為のデバイス、ハードウエアの対応が必要であり、さらにそれらを用いた教育の方法についても、考えていかなければならない。つまり、紙の教科書をそのままiPadに表示させてそれを見ながら読むだけの授業ではだめだということですね。

田村氏はその上でどういった機能が必要かを実際に電子教科書の機能を試作してテストしていますが、現状のEPUBの規格では要件を満たせないということも確認できました。
これはフォーマット(および制作ソリューション)としてEPUB以外のものを選択するという解決策もありますが、その場合教科書という公的なものが特定営利企業のフォーマットを採用する事による問題を(営利的なものだけでなく、そのフォーマットがいつまで使えるかといった事も含め)考えなければいけません。

また「教科書/教育」という公共性が必要とされるものにおいてのアクセシビリティの問題。
教科書という性質上、アクセシビリティというのが必要になってくるのですが、河村氏のセッションではアクセシビリティというのが一般的にイメージされる障碍者のものだけでなく、もっと広く情報にアクセスできない人のための物である事、教科書ひいては教育においてデジタル化したときにこれらの人が再び取り残されるようなことのないようという主張でした。
DAISIコンソーシアムの理想とするところはわかりましたが、実際にどこまでこれらの機能を実装できるか、すべきかというところはやはり制作コストを考えると難しい問題。
もちろん、全部を実装する必要は無く、最低限これだけはという実装になるとはおもいますが、実際にデジタル教科書の作成が始まったらこの「最低限この機能は」というところもルール化されるのでしょうか。

最後のベネッセさんは、今回のスピーカーの中で唯一「実際にコンテンツを作り、それを販売している」という意味で一番実践的、現実的な内容だったと思う。

大量のコンテンツ(問題等)を何度も形をかえて使い回すという前提でシステムを構築し、実際に運用されている。
教育コンテンツということで、独特の組版(数式など)の問題等、この分野ならではの悩みなどは、実際に制作している立場でないと出てこないものだと思った。
ある意味、そこまでの3者が「理想」を語る中で「現実」をしっかりとらえているセッションだったと思う。

このセミナーを聞く限り、問題は山積みでデジタル教科書(というかデジタル教育)の普及はまだまだかな…と思う反面、なんらかのメリット(たとえば紙の教科書のコストよりデジタルの方が遥かに安いなど)があれば、あっというまに普及するかもしれないと感じた。
問題はデジタル化にせよ、アクセシビリティの実現にせよ、かかりすぎるコストをいかに抑えるかだと思う。