ちくちく日記

DTP系備忘録。真面目にやってます。

JAGATセミナー 電子書籍の最新事情とEPUB制作環境の進展

JAGAT テキスト&グラフィック研究会のセミナー「電子書籍の最新事情とEPUB制作環境の進展」を受けてきました。(2013/10/8)
JAGATのセミナーは、映像、音声、写真などの掲載は不可なのですが、レポート自体は問題ないということですので、テキストのみでレポートを。

レポートは私の手書きメモからの書き起こしです。こんな感じだったな、程度のものです。間違いがある場合もあります。

「緊デジ事業とEPUB制作環境の進展」

スピーカーは深沢英次氏。
緊デジとは経済産業省により2012年度に実行されたコンテンツ緊急電子化事業の略称。
大手から中小・零細の出版社まで、約300社からコンテンツを募り、日本の制作会社(90社程度)に電子化してもらうことで、約6万タイトルの書籍電子化が行われた。

この緊デジ事業に内部スタッフとして関わった深沢氏から、緊デジ事業の内部事情や今後の電子書籍作成に必要な知識などの話。

33,333円で電子書籍を作る

緊デジで作成された、電子書籍データは一年間で約6万タイトル、実質のファイル数は8万程度。日本でいままでに作られた電子書籍データ作成業務としては最大規模です。
緊デジは経済産業省の事業として約20億の予算を見込んで始まりました。
20億のうち、10億が国からの補助金、残りの10億は出版社、あるいは出版デジタル機構が立て替えるといった形になります。

この予算で6万タイトルの電子化ですから、単純に計算すると

20億円 ÷ 6万冊 = 1冊あたりの制作単価 33,333円

33,333円で作れ、という事です。
しかも、これは国の事業ですから、2013年度の一年間しか期間がない。国の事業というのは、一年間の予算が決まっていて、間に合わなかったからといって翌年に持ち越したりできないんです。ですからなんとかして1年のうちに終わらせる必要がありました。

まず、1冊あたりの制作単価33,333円について、実際に電子書籍を作る際、どのぐらい単価がかかっているかを調べるところから始めました。
電子書籍を作成しているところ、そのコンテンツや会社の規模などによって違いはありますが、フィックス型の電子書籍(コミックなど)の場合

コミック(200ページ/ドットブック
・原稿スキャン・レタッチによるゴミ取りモアレ処理 @1000円×200 =20万円
ドットブック制作費(ドットブックの制作に必要なライセンス料も含む) = 5万円

25万円

1冊あたり25万円、このぐらいが多かった
対して、リフロー型の電子書籍の場合

小説(300ページ/XMDF
・電算データからのXMDF制作 20万円
・校正会社による校正 15万円

35万円

1冊あたり35万円。
小説のデータだと、電算データからの作り直しでといっても、ルビや約物などは全部作り直しになります。DTPデータからでもテキストだけを抜き出すのは大変ですから、ほとんど作り直しになる。それに当然校正も必要。

コミックも小説も電子書籍化しようとしたら、1冊あたり何十万かかかるわけです。

これがたとえば歴史小説のようなもので外字が多かったり、索引などの作成が必要だとか、その内容によってはもっともっと費用がかかる。

なので、予算とされた33,333円というのはお話にならないような額です。

自炊の価格

この1冊33,333円という価格ですが、いったいどこからでてきた金額なんだろうと思うんですが。はっきりとはわからないんで、想像でしかないのだけど、ここにいわゆる「自炊」の影響があるんじゃないか?と思うんです。
自分の持っている書籍を断裁、スキャニングして電子化する「自炊」ですが、これをやってくれる代行業者というのがある。
この代行業者っていうのが1冊辺り100円とか300円とかそのぐらいで代行してくれるんです。

代行業者にもどんなことをやっているのか聞きました。業者もいっぱいいて、きちんとしてるところはシステムをちゃんと組んで、スキャナーも改良したりしてちゃんとやってる。
そういうところは年間数億の売り上げや利益があったりして、ちゃんとやってる業者だと頼んでも3ヶ月待ちとか。
「自炊」による電子書籍化はユーザー側からしても「この程度でいいんじゃない?」っていう事でもある。ユーザーのニーズとしてはこの程度の品質で十分満たされているという。

自炊代行業者については、法的には色々とグレーな部分もあって、自分でやるから「自炊」で罪にならないのだけど、これを代行してしまったら「自炊」じゃないだろうとか。今、著作権者と裁判になってて、最近東京地裁の方で違法という判決もでてました。

結局、こういう問題が起きないように、出版者側が正式に電子書籍を出すようにしなきゃだめなんですよ。

電子書籍制作

33,333円の予算なので、緊デジで作る電子書籍はある程度は割り切って自炊のようなスキャン、フィックス型でやらなければダメだろうという事になりました。
でも中には手間をかけて作らなければならないものもある。
売れるもの、価値のあるものは、ちゃんと手をかけてリフローで作ろう、と。

全体の75%はフィックス型とし、残り25%をリフロー型で制作しました。

データ形式に何を選ぶ?

電子書籍データの形式については、最初はPDFでいいかなと思っていました。
ただ、リサーチすると、各電子書籍ストアから「PDFは勘弁してくれ」という声が多かった。
電子書籍ストアはそれぞれ独自のビューアーを使っていて、そこでDRMや課金を行っている。ところがPDFだとそれができない。
さらに制作側からも「PDFは作るのは簡単だけど、後からの修正が大変」出版者側からも「PDFを作った後、将来的にそのコンテンツを使い回せるか?」という意見がでて、これはPDFではムリだろうと。結局PDFは外す事にしました。

EPUBも有力な候補だったんですが、当時のEPUB2.0はまだ縦組に対応していなかった。近いうちに縦組に対応した3.0がでるのは分かっていましたが緊デジ事業はとにかく1年間でやりおえなければ、予算が流れてしまう。

結果、残ったフォーマットとして、dotbookとXMDFを採用しました。
だけど、EPUBの方が将来性はあると考えていたので、納品されるファイルには、制作途中の加工用データもつけてもらい、今後市場が動き始めたらすぐに変更できる体制を整えていくことになりました。

リフローに比べてフィックスの方が大変

いざ制作に入ってからも大変だった。
リフローに比べてフィックスは自炊と同じようなもんだろうと思っていたのですが、いざ作ってみると、リフローの物よりもフィックス型の方が圧倒的にトラブルが多かった。

電子書籍のデータは、巻物のようなもので見開きという概念がない。そもそも3年前にiPadがでるまで、電子書籍で見開きってできなかったですからね。なので、見開きで表示させると左右で画像の位置がずれてしまったり。
あと、余白の扱いで、表示させるデバイスによって余白のつき方が違うとか。
スキャンした挿絵の中に文字が入っているのが、解像度が低すぎて読めないとか、古い本をスキャンしているのでしみがあるとか、断裁するときにのどの方が落ち過ぎてて、見開きの真ん中が切れているとか。

こういったクレームがいっぱいきた。

リフロー型の方のクレームは、外字の問題とかそのぐらいだったんですが、フィックス型のスキャニングについてのクレームが多かった。

スキャニングは断裁した本をスキャニングするときに、たとえば文字と画像を別々に調整するとかすれば、品質をあげられたんですが、とてもそこまで手をかけることができなかった。

自炊と同じぐらいの品質でいいだろうとおもったのですが、実際にはその品質では出版社の方に納得してもらえなかった。

EPUBの制作環境 電書協ガイドについて

電書協ガイドは、RS(リーディングシステム)を絞り込んでいるというところが最大の特徴だと思う。

電子書籍のリーディングシステムは大きく分けてWebkit系とRMSDK系と2系統あって、電子書籍データを作る時にこの2種どちらにあわせるかというのがあるのだけど、電書協ガイドは出版社の総意としてこのうちWebkitにのみ対応することにして、RMSDKを切り捨てました。

Webkit Readium
iBooks(Apple)
kobo(楽天)
RMSDK Sony Reader
Adobe Degital Edition
Amazon kindle
独立系 kinoppy
▲リーディングシステムと対応しているリーダー一覧

この中で、kindleやkinoppyは実際にEPUBを表示させてみると、Webkitに近い表示。純粋にRMSDK系なのはSony ReaderとAdobe Degital Edition。
切り捨てられたRMSDK系については、今後の先行きはちょっと不安だというような話も聞こえてきてます。開発者も離れつつあるし。

電書協ガイドを最初に出したときは、当然すべてのリーダーが電書協ガイドに対応できていた訳ではないが、ガイドとしてちゃんと発表したことでだんだんにリーダー側が対応してくれてきた。

EPUBによる電子書籍制作を今後やるなら、電書協ガイドを読むのが今のところ一番の近道だと思う


出来ない表現があることを出版社側が理解すること。制作側は裏技を使わないこと。

style-standard.cssについて

普通styleというのは、そのデータの中で使うものだけを書いてるのだが、電書協ガイドではとにかく使うだろうと想定されるものを全部入れてある。
ビューワー制作側からは「メモリがバンクするからやめてくれ」という意見もあったが、データ制作側からすると全部用意してあるというのはとても楽。

ここで規定されているのは、今の電子書籍で使っても比較的大丈夫なもの。

一方サポートできていない表現もある。
こういった表現はもちろん、特定のビューワーにターゲットをしぼって開発すれば可能だけど、そうやって組まれたEPUBは使い回しがきかない。
この事を出版者側が理解する事。また、制作側は依頼者から「これできないの?」と言われると、裏技を使ってでも対応してしまう。これをやめる事が大事。

EPUB制作のスキルはWeb制作に近い

EPUB制作はWeb制作とよく似ている。
DTPとは大分違う。だからWebの人がEPUBを理解するのは簡単。DTPの人は大変かもしれない。
クリックするだけで簡単に作れるツールも出てきているけど、そういったものを制作で使うのはおすすめしない。
エディタで開いてコードを見るという経験がなければ、応用がきかない。

スクリプトなどの知識もあった方がいいが、自分でかけないという人にはネット上にはツールを公開している人もいるのでそういったものを利用してもよい

EPUB制作では校正、検証の行程が大変。
表示結果を確認するのに、一つのビューワーで見ればよいわけではなく、いくつかの環境を用意しておく必要がある。
さらに問題になるのは校正で、今のところどのビューワーも印刷機能がついていないので、スクリーン表示結果で校正するしかない。

今はコンテンツを増やしていく時期

電書協ガイドにそったEPUBでは出来ない事がけっこうある。dotbookやXMDFのほうがちゃんとできたという部分も多い。
これは、対応してしまうと表示できるリーダー、できないリーダーがでてしまうので、どうしてもレベルの低い側を基準にせざるを得ない。

ただ、今はムリをせず、コンテンツを増やしていく時期。

一時期のケータイ小説などもそうだが、組版などはひどいものもある。ただ、今細かい組版にこだわって、それがなおるまで手を出さないというより、今、この時期に読者が読んでくれる物を提供するというのが大事。

それよりも今考えていかなければならないのは、著作権の管理や、テキストデータの管理について。
現在、紙の書籍で校了後のテキストデータを持っている著者というのはほとんどいないと思う。赤字がはいって修正したあとの最終データは持っていない。
これが今後は変わってくる。最終校了したテキストデータをどこでどうやって管理するかが大事。

緊デジについて

緊デジについては批判も多かった。色々ともっとオープンにすべきだという意見もあって、自分もそういう立場で内部で意見してきたが、そういう意見をいうとどうも居づらくなる雰囲気があって(笑)結局(緊デジを)やめて、一抜けしてしまいましたが。
ただ、批判も多いが、緊デジは時期的にも震災後の大変難しい時期の事業であったということ、様々な問題はともかく、6万のコンテンツを送り出した事は意義があったと思う。
それは、今の日本の電子書籍をなんとかしてやろうという考え、意識の元にやっていた。

緊デジは補助金事業なので、やはり誤解を受けやすく、なので内部の人は「何か言われるぐらいなら、黙っていたほうがいい」という空気があった。
情報をもっとオープンにしようという動きがしづらかった。
それと、緊デジのように、一年間という期間つきの事業だと、どうしても人材をあつめるのが難しい。一年間しかない事業だと優秀な人を引っ張って来れない。優秀な人というのは他にも色々抱えているものだし。そうなるとどうしても担当になった人が(あまり知識がなく)今やっている事を公開する事を怖がってしまう。

制作した電子書籍の著者名と作品のリストの公開についても、やった方がいいのは分かっていたが、出版社側が著者との契約などがあいまいであったりする問題があり、公開をいやがられた。公開しなければならないなら、コンテンツをださないとう話にもなり、公開できなかった。

どうも国の事業でやってるというと内部であくどい事をやってるんじゃないか(笑)みたいなことを言われるのだけど実際のところ、自分が見た範囲ではあの事業でもうかったとかいうのはごく一部のライセンスをもっているとことかぐらいで、関わっている大半の人は、純粋に経験のためとか、電子書籍市場の発展のためという気持ちが大きかったと思う。


電子書籍の最新動向と印刷会社の課題」

スピーカーは電子出版制作・流通協議会の池田敬二氏。
現在の電子書籍業界の色々なトピックと印刷会社の課題について、それぞれのテーマについてはJEPAなどでもっと詳しくセミナーがあっていたりしたのですが、総合的に端的にまとまっていてわかりやすいセッションでした。
全部書き出すと長くなるので、トピックのみまとめます。

電子市場の伸びと出版市場の下降

本屋の閉店ラッシュ。統計の数では一日あたり1店が閉店している計算だが、実際には新規出店(大型店舗などの新規出店)を差し引くと実際には1日3店ほど閉店している。
対して、電子書籍市場は市場規模は紙の市場の1割にも満たないとはいえ、前年比16%増の右肩上がりで成長している。
先行する米国での電子市場は書籍売り上げの20%がデジタル(ただし、再販制度のないアメリカと日本では事情が異なる点もある)
Kindle上陸がターニングポイントだった(電子書籍市場の本格化)

バイスと4スクリーンコンテンツ

電子書籍のメリットは複数のデバイスをひとつのコンテンツで横断できる(同じコンテンツをデバイスを変えて読みつなげる)こと
また、コンテンツでみつけた誤植などをそのデバイスから送信(連絡)できるソーシャル校正など双方向性がある
ユーザーが持つ4つのスクリーン「スマートテレビ」「PC」「スマートフォン」「タブレット」この4つの中でどう(電子書籍の)情報を広告するか
4スクリーンデバイスはオンラインで使われ、コンテンツを探し出会う場所、対して電子ペーパーバイスなどは出会ったコンテンツをオフラインで楽しむデバイスといえる

過去のコンテンツに商機

Kindleが出た時に「沢木耕太郎」の「深夜特急」が売れ筋上位に。
日本の人口構成の7割が35歳以上、過去のコンテンツ活用に商機がある。
今年「はだしのゲン」が閲覧禁止になり話題になったときも、その時期電子書籍は前年の20倍の売り上げとなった。ちなみに紙は前年の3倍。
話題になった時に手軽に買えるというデジタルデータの特徴。

アクセシビリティ電子書籍

電子書籍の活用例として「読書困難者」という概念。視覚障害も含めた様々なプリントディスアビリティ(印刷された文字情報を読むことができない状態)への対応
日本ではまだあまり一般的ではないが米国では1000億円規模である「オーディオブック」市場。グラミー賞にもオーディオブック部門があるなど耳からの読書は一般的。
日本には落語や民話など「耳で聞く」文化もあるので仕掛けによっては大きな市場になる可能性

フリーミアム/シェア戦略

コンテンツを無料で配布することで、その後の売り上げをあげる方法
五木寛之氏の「親鸞」や佐藤秀峰氏による「ブラックジャックによろしく」など。
紙と違って電子書籍では期間限定の割引などが可能
また、電書の「シェア」によって共有し合った同士のソーシャルネットワークでのやり取りを楽しむ楽しみ方

ソーシャルメディアで本を探すが鍵

どうやってコンテンツをユーザーに見つけてもらうのか?鍵はソーシャルメディア「自分と仲のいい人がおすすめしている」というのがユーザーに「刺さる」
米国で成長しているサービスがGoodreads、ソーシャルな本の推薦サイト。11ヶ月で会員が2倍に。
このGoodreadsをAmazonが買収した。

紙も電書も(Kindle matchbook)

Amazonが米国でKindle matchbookサービス開始。Amazonで紙の書籍を買った人に、電書書籍版を無料、もしくは安価で提供。
しかも1995年以降までさかのぼって購入した書籍が対象。
「紙」と「電子」がどう組むか、の一例

電子書籍に求められる手軽さ(イーシングル/マイクロコンテンツ)

長大なコンテンツは敬遠される傾向があり、短時間でよめる短いコンテンツを安価(1〜3ドル)で売る「イーシングル」モデルが人気
Amazonキンドル・シングル」Apple「クイック・リード」B&N「スナップス」
1冊の書籍もセクション単位などに分割して販売する
日本でも朝日新聞社やダイアモンド社が記事単位でコンテンツを売り出し
角川グループではイーシングルコンテンツ専門のシリーズを発売

セルフパブリッシング

KDP(Kindle Direct Publishing)によって誰でも出版が可能に

読み放題という視点

ビジネスモデルとして、任意契約したところでコンテンツを読み放題にする試み
手塚プロダクションによる「TEZUKA SPOT」
有斐閣の「古典」コンテンツを対象にした読み放題サービス

図書館と電子書籍

図書館で端末ごと電子書籍を借りられるサービスを行う図書館が増える
実験的試み多数の佐賀県の武雄図書館、民間運営、セルフレジ、書店併設など。
来館者の滞在時間が長い事を見越してスタバも併設、一時日本2位の売り上げ、その後も6位前後の売り上げキープ
書店での書籍販売を併設したところ、月600万から1千万ぐらいの売り上げ。ベストセラーなど貸し出し待ちの書籍を本屋で買うの流れ。
バックナンバーの在庫を豊富にして「ここにいけばある」状態に。




【感想】

池田氏の話は実はこのあたりの詳しい話はJEPAのセミナーなどでほとんどきいていた話だった(池田氏がJEPAのほうの企画をしていらっしゃったりする人なのだから当然だけど)
ただ、全体を通して簡潔にまとめてありわかりやすかった。
でも、電書関連の話で電子教科書関連については全然ふれてなかったなー。そこはちょっと不思議。あえて外したのかな?

深沢氏の緊デジ事業の内部事情話、面白かった。「国のお金でやっている事業だと内部であくどい事をやっているように思われがち」っていうのが、確かに「誰かうまい汁をすっているやつがいるんだろうなー」とかなんとなく思っちゃうよね(笑)
国からお金が出ると言っても一年間だけの仕事じゃ優秀な人は集めづらいというのもわかる。特に電書関連の業務で優秀は人は今みな忙しいから、一年間だけといって手伝える人はあまりいないだろう。
緊デジ事業については、私も印刷会社側からみて色々と「全然間に合わねーよ!」みたいな話とかを聞いたりしたのでまぁ大変だったろうなと。
でも、たしかにあれだけの量の書籍を(質はともかく)デジタル化したというのは確かにそれなりの意義はあったと思う。そこだけはちゃんと認めないとね。

おいしい思いした人なんてちょっとしかいないってことですよ。ちょっとしか!

JGASのツアーに参加してみた

JGAS2013に行ってきました。
ついでに見所ツアーに参加してみました。

JGASは機材関連がメインの展示会。私は機材にはあんまり詳しくないので、ぼんやりと見に行ってもポイントがわかんないからなーと思ってたんですが、公式サイトみたら、見所ツアーっていうのをやってるのね。

+Tour 4000人規模で実施する見どころ見学ツアー 主催 印刷出版研究所

ツアーは3種類。スタンダードとプレミアム、テーマフォーカスってのがある。
どれも1時間前後で会場内の見所を案内してくれるんだけど、プレミアムとテーマフォーカスには事前にスライド講習みたいなのがつく。
ありがたいことに全部無料。

「スタンダードコース」会場内各出展の見所をブース前で説明。ブース内には入りません。(50分)
「プレミアムコース」事前講習20分を受けた後、会場内の見所見学。ブース内立寄あり(事前セミナー20分+見学40分)
「テーマフォーカスコース(技術と製品)(ビジネス)(後加工システム)」テーマ別事前講習を15分うけたあと、それぞれのテーマにそったブースを紹介(事前セミナー15分+見学30分)

自分ひとりでぐるぐる回るより、こっちに参加するほうが手っ取り早いと思ったので、プレミアムコースに参加してみることにしました!無料だし!

事前登録で参加を申し込んでおいて予定の時間に受付に集合。事前登録なしの当日受付も可能ですが、時間帯によっては満席になったりしてたみたいです。
受付終了後、別室で軽く講習を受けて、ツアースタート。
ちなみに講習は、個室でスライドをみながら現在の印刷トレンドとかメーカー各社の動向なんかを説明してくれたのだけど、ちょっと早送りすぎて(メモをとれないぐらいに早い)あまりよくわからなかった。まあ仕方ないかな、無料だし!

ツアーは、旗などの目印をもったツアー案内人の後ろをついていく形です。

▲目印を持った人についていく

イヤホンを渡されて、案内人の説明はそれを通して聞く事ができます。(会場内うるさいので、これがないと聞こえません)
みんなでお揃いのイヤホンつけて、ぞろぞろついて歩いていくところは、お上りさんみたいで、ちょっと気恥ずかしい感じ…(笑)

ツアー内容ですが、大手ブースに立ち寄りながら各所でポイント的に製品の説明がはいります。
ただ、大手でも回らないところはあるし、中小ブースなどは一切まわりません。
あと、本当にピンポイントの商品のみを説明しますので、大手の物であってもすべて紹介されるわけではありません。
もちろん紹介されるものは、新製品であるとか、新技術をつかっているとかそのメーカーいち押しのものではあるのですが。
(ただし、中には「なぜこれを紹介?」と首を傾げてしまうものも含まれていました…)

見学は早足で次から次にまわるので、写真を撮るのがやっとです。案内人の説明をメモしていると写真とれません。説明もポイントだけですので、細かい事は聞けません。
でも各社の最新機種などはわかるし、ツアーに参加してみている間は、どのブースの説明員も近づいてこないのでさくさく会場を回れます。(ブースでちょっとみたいだけなのに、メーカーの方が説明によってきちゃって、ゆっくりみれないことありますね?)

なので、ツアーで大雑把に情報をつかんでおいて、その後、もう一度見たいものとか、ツアーで回らなかったものをじっくり回るといいと思います。

ツアーでの見学は、広く、浅くという感じなので、あらかじめ自分の見たいものが決まっていてその情報を深く得たい人(「今度導入する大型インクジェット機の候補をみるんだ!」とか)にはむかないと思いますが、例えば「印刷機材、業界全体の動向を見てこい」みたいな感じで参加している人(あと新入社員さんの研修とかねー)にはありがたいんじゃないかと。無料だし!

私はプレミアムコースだけを回ったけど、テーマフォーカスコースとかも面白かったかもなー。時間が有り余ってたら両方参加してもよかったかも。無料だし!

でも、なんていうか、ある程度案内人の主観が入っているというか、ツアー開催者の考えるベストコース巡りなので、見落とす物も多そう。これだけに参加すれば大丈夫ってものでは全然ない。これはあくまでガイドとして、これにプラス自分の足で見て回る必要あり。まぁ無料だしね!


ツアーで見せてもらったものとそのとき聞いた説明 ついでにJGAS感想

とにかくPODばかりのJGASという感想。どこのブースにいってもPOD。
オンデマンド系の機材、ちょっと前は大型インクジェット機(輪転・枚葉)が「これからはこれでっせ!」と押しまくりだったような気がするけど、たしかに今回も大型インクジェット機は多いけど、同時にトナー系なども同じぐらい推されてる感じ。
結局、インクジェットもトナー系もどちらも一長一短というか、それぞれ使い分けていく感じなんだろうね。

JGAS自体の盛り上がりについては、私は金曜日にいったので、それなりに人が多かったけど、他の曜日はかなりガラガラだったとか…。まぁ斜陽ですなー。

ツアーの各ブースで受けた説明、メモをとってたものだけ載せますが、案内人さんの説明はなんとなくミヤコシ押しだったなーという印象。というか、あちこちでミヤコシの提供を受けた機械が入ってる。あまり名前知らなかったけど、手広く機械を扱っているのね…。

ホリゾン

デジタル印刷向け書籍製本システム
三方断裁機、一冊ごとに違う寸法で切れるのが特徴

折りと集積、無線綴じ、からの一連の流れを全自動で行う。

RD-4055
ロータリーダイカットの加工機

CRF-362
折り加工機、山谷両方折れるのが特徴

コモリ

コニカOEM機でトナーの上にラメ加工
表にラミネート、裏に剥離紙でシール加工ができる

CANON

Océ ColorWave 900
Océ 大判プリンター

90cm幅、インクジェットで1600dpi、1時間に1000mぐらいの出力可能。
エプソンなどの大型機は一時間50mぐらいなので、かなり高速
案内人の説明によるとデモでの出力は、出てくる紙がかなり勢いよくしゅるしゅるでてくるので、係員が小走りで紙をさばくぐらい高速とのこと。

Océ Jet Stream 3000
Océでは一番早い輪転インクジェット 600dpi 200m機


Océ Color Stream 3000 Z

日本向けに開発された可変機
機械本体の厚みが薄め


Océ VarioPrint 6320
バリアブルプリント、モノクロ 両面
表裏見当がよいのが特徴
販売価格が2000万〜4000万と分かれているが、これは出力速度の違い。
マシンとしては同じ物でソフトウエア制御で速度を切り替えている。1月ごとに契約切り替えができるので、業務がピークの時期には最速スピードの契約に切り替えるといった調整ができる。

大日本スクリーン

Truepress Jet L350UV
ラベル向けUVインクジェット印刷機
エプソンのヘッドとインキを使用

Truepress Jet520ZZ
インクジェットバリアブル機

モリサワ

RISAPRESS
RIPにモリサワのフォントが載っているのが特徴

(今回のツアーでこれが一番不思議だった。なぜかモリサワブースでRISAPRESS紹介…。あとでモリサワの方に聞いたら、モリサワ側はツアーでブースを回る事は聞いていたものの、何を紹介されるのかは知らなかったらしい。PODというテーマの製品だから拾ったのかなぁ…?でもモリサワとしてもこれは別に一押しじゃないよね…。)

RICOH

大判インクジェットプリンタ(参考出品)

ヘッドはRICOHのものだが、本体はミヤコシの提供をうけたもの(と、言ってたとおもう…)

アグファ

ANAPURNA

大判UVインクジェットプリンタ

ヘッドのスピード早い

AZURA
速乾印刷が特徴

RYOBI

RYOBI DP760

ウエットトナー方式のオンデマンド枚葉機。ミヤコシが共同開発。
ウエットトナーは現在実用機として販売されているものはHPのインディゴぐらいしかないが、他メーカーも開発をすすめてきている。
ドライトナーよりも粒子が細かくできるため、細部の再現性にすぐれ、よりオフセット印刷に近いものができる。

ミヤコシ

あちこちに機械を提供している
MJP20EX-6000

インクジェット両面機
1200dpi(以前のは600dpiだった)
1分80mの出力スピード。送りと幅の解像度をかえるなどして調整すればもっと速度up
同じ機械をフジにも2800インクジェットとして供給しているがそちらは600dpiである

後加工ソリューション

元は大手印刷会社向けに特注で作っていた物を一般向けに販売
圧着をロールでできるもの、無線綴じ、製本のソリューション

MKD13A
小ロットラベル生産機
デジタルカラープリンター+レーザーダイカッター
コニカミノルタのトナー機と組み合わせたシール加工機。レーザーによる加工で抜き型を作る必要がない為、ロットが少ないものにも対応できる。

フジフィルム


▲ステージデモは人がたくさんあつまってた

Jet Press 720F
厚紙対応 UVインキ
UVインキとヘッド部分もフジで開発したもの

ゼロックス 1400 Inkjet
インクジェット輪転機

フレキソ印刷機も販売している。すでに1社導入実績ありとの事

hp

HP Scitex FB7600

フラットヘッドのインクジェット8色機
B全4面同時印刷できる大型機。白インキの重ね塗りによる盛り上げ印刷も可能

HP Latex 3000

水性ゴム系インキ
ゴム系インキなので、熱をかけたり、引っ張ったりしても割れたりしない
サインディスプレイ用として屋外での使用も可(耐久性あり)

ゴム系のインキは2008年頃に開発されたのだけど、インキの粘度が高いため、インクジェットではヘッドが詰まってしまうのではないかということでどのメーカーも手をだしていなかった。hpではヘッドがつまらないように、ヘッドの温度をあげてインクが固まらないようにするようにして対応。

HP Indigo 10000

水性トナータイプ

大判薄紙対応、一億八千万ぐらいするが、よく売れていた
20000、30000などは厚紙対応などのパッケージ向け機能対応

HP T300 Color Inkjet Web Press Family

インクジェット輪転機
日本では1台だけ導入あり、講談社のオンデマンド製本印刷用に豊国印刷に入れられている

鳥海修「仮名の開発」―タイポグラフィの世界 書体デザインその1

「連続セミナー タイポグラフィの世界 書体デザイン」の1回目、鳥海修氏による「仮名の開発 ー株式会社キャップスの文麗・蒼穹・流麗・文勇の仮名を中心に」を受けてきました。

このセミナーは書体デザインをテーマとした連続セミナー。書体デザイナーやディレクターの皆さんから、書体デザインの制作の過程、発想から問題の解決など、様々なお話を聞こうというセミナーです。
6回連続の1回目という事で、来年3月まであと5回予定されています。参加費が1000円と格安ですし、なによりこういった「制作者の裏話」が聞ける機会はめったにない!もう既に定員に達してしまった会もあるようですが、興味のある方は是非参加されるといいと思います。


私はこういう裏話的な話が大好きなので、ホクホクで参加してきましたよ!

セミナーレポートは基本的に私の手書きメモから書き起こしてます。
なので、細かい部分など違いがある場合があります。
また、許可をいただきましたので、当日のスライド画像も載せますが、あまり画質は良くないです。色が青かぶりとかしてますが、気にしないでください。


第一回は字游工房の鳥海氏(株)キャップスの仮名書体開発のお話。
お話は、まずAKBの読書感想文の話題から。

書体は一人では作れません

(手に持った本を掲げて)これ、この本、AKBの本なんですけど、AKBのメンバーが本を読んでその読書感想文、手書きで書いたのが載ってるんです。
これ、書体の宝庫だよね、フォント化したら売れると思うんだよ(笑)それと皆、縦書きで書いてるんだけど、書きにくそーに書いてるよねぇ(笑)

▲AKBの「AKB48×ナツイチ 直筆読書感想文集」でした

えーと、今日はキャップスの4書体を作った時の話をします。以前にもどこかで話した事があるんだけどね。

私は山形県鳥海山の近くで育ちました。で、写研に勤めてそこで10年間文字を作ってた。その後平成10年に鈴木勉さんと字游工房を立ち上げた。

写研では文字をものすごく丁寧に作ります。何度もテストを繰り返して品質も高い、そういう文字の作り方を先輩方に教わりました。
そこでは、欣喜堂の今田さんとかFONTWORKSの藤田さん、モノタイプの小林さんとも一緒でした。とは言っても、そんなに文字の話ばかりしてたかというとそうでもなかったですけど。
写研というのは仕事が終わるのが早いとこで、朝8時15分に始まって、夕方4時45分には終わる。朝ラジオ体操やなんかが終わると、皆シーンとして黙々と墨に向かう。あ、でも藤田さんなんかはよくしゃべって怒られてたな。

その後字游工房を立ち上げて、クライアントは20社ぐらい、その中で作った書体が100書体ぐらい。20年間で100書体だから、1年で4書体くらい?

これ、書体作るって言っても、まさか(会場の)みんな、全部俺が一人で作ったと思ってないよね?

書体ってのは一人では作れないです。大体10名ぐらいのチームで作る。デザインやエンジニアやテストやそれぞれ担当する人が違う。
もちろん、責任を持つって言う意味で「責任者」は俺だけど「制作者」はたくさんいる。
個人のスキルより、グループとしてのスキルが高い事が勝負になる。

キャップス専用書体開発のきっかけ

キャップスDTP組版がメインの会社です。そこの依頼でフォントを作る事になった。
仕掛け人の名前は、なんか明かすなって言われたんで言いませんけど(笑)

今、モリサワのPASSPORTとかFONTWORKSのLETSとかありますね。
PASSPORTなんか全部で1300書体も入ってる。モリサワのサポートに電話するとね「全部入れるのはおすすめできません」って言われる量。どうしたもんでしょうね、1300ですよ。
俺の会社のパンフ、みたら37書体しかないの。1300と37。しかも向こうは年間ライセンスで使い放題。真面目に細々やってたお店の前に大規模店舗が建っちゃったようなもの。

制作会社はねLETSやPASSPORTをいれとけば事足りちゃうんですよ。
これに対抗しようとすると、価格競争になっちゃう。
だから、他の制作会社にない特徴をだすために「仮名書体」を作ろうという話になった。

キャップスの仮名は市販はされてないです。キャップス内部でのみ使用するために作りました。使いたい場合はキャップスに組版を頼むしかありません。

最初に話を聞いた時「1書体3ヶ月で作ってください」と言われまして。
仮名書体を作るというのは面白いと思ったけど、同時に「できるかな?」とも。

写研にいた頃、仮名はほとんど作らせてもらえなかったんです。さっき、書体は個人では作らない、グループで作るといったけど、仮名だけは別。
当時も仮名については橋本さんとか、鈴木勉さんとかが一人でほとんどつくっていた。
書体の漢字部分を作るというのは、ある程度何かを下敷きにして作るものなのだけど、仮名は別。まったくオリジナルで作らなければならない。

キャップスのプロジェクトは今まで自分がやった事のない、本当にオリジナルの文字を作れるかという話だった。

近代文学向け仮名フォント「文麗(ぶんれい)」

「こころ」の女の人の気持ち

最初に頼まれたのは「近代文学向けの仮名」。夏目漱石の「こころ」を読んで、そのイメージで作ってほしいと言われた。
自分は夏目漱石は好きで学生時代からよく読んでいた。中でも精興社の文字組が好きでした。
この話がきて、改めて「こころ」を読み返して、あれ、結構重い話ですよね。一人の女を二人の男が好きになっちゃって、で、結局最後は二人とも自殺しちゃうんですよね。でもこの話、その女の人はほとんど出てこない。ずっと男二人だけの話。あの女の人はどうなんのと思っちゃう。

僕は、この残された女の人の気持ちで仮名を作ろうと思った。

これ(フォントを作るイメージ)をどうやって説明したらいいのか難しいな。長嶋のバッティング指導みたいになっちゃう「ピューッときたらギュッと打つんだ」みたいな

仮名を合わせる漢字は筑紫明朝でと指定された。けど、これもどうでもいいかなと思って。
たとえばこの漢字。5つ並べて全部違う書体なんだけど、ほとんど同じでしょ、同じに見えるでしょう。

▲左から「游明朝」「本明朝」「筑紫」「イワタ」「リュウミン

変わんないんですよ。明朝って。太さを合わせればほとんど同じ。どの漢字にもあわせられる。だからこの太さに合わせて仮名を作ろうと思った。

粘着度の高い仮名

漱石の「こころ」はひとつひとつの文字をゆっくり読みたいと思った。硬派じゃなくて女性っぽい、じめっとした感じ。
あまり縦につながらない、扁平な感じで、粘着度が高い、筆が離れない。書くスピードも一定で書くそういうイメージで。書く時のスピードも自分の頭の中に入れて書いていった。
外国文学向けはもっとさっぱりした感じ。女流文学向けはこう。


▲「こんな感じでね」と印象の違いをボードに書く 左から「近代文学向け」「外国文学向け」「女流文学向け」

これは鉛筆で下書きをかいたもの。20mm×20mmの枠のなかに鉛筆で書いていった。写研では48mm×48mmの枠で書いてたのだけどそれだと1文字ずつでしか見られないので。20mm×20mmだと1行で並んだ文字を見る事ができる。

鉛筆で書いた後、筆でなぞります。なぜ筆を使うかというと、鉛筆で輪郭をなぞると嘘っぽくなるから。
次にコピーで48mm×48mmに拡大して、輪郭などの修正をしてます。20mm×20mmだとどんなにきれいに書いてもどうしても画質がガタガタしちゃうので

▲鉛筆でのデザインと拡大コピーを修正したもの

3日ぐらいでひらがな50音できちゃって、天才かなと思った。これならいくらでも作れるなと(笑)

デジタルフォント化

手書きでのデザインができたら、簡易的にフォント化します。
うちのエンジニアが作ってくれた簡易的にフォントをすぐ作れるツールがあるのだけど、それでフォントにして、テキストとして並べてみる。

▲作成したフォントでもじを並べたもの 拡大

こうやって並べて見ていると、色々見えてくる。
たとえば「おんれい」の「れ」は入りすぎじゃないかとか、「お」のはねあげがうるさくないかとか、わかる。
こういった善し悪しというのは、経験としてこれはいい、悪いとぱっと分かるものもあるのだけど、しばらく時間を置いて、新しい環境、たとえば電車の中とかでチェックしたりする、そこで見た時に「あ、だめだ」と分かるときもある。それを受けて修正していく。

▲初期バージョン(上)と修正後のバージョン(下)

修正前と修正後だけど「れ」とか「あ」「お」などは大分すっきりさせています。
「お」の上の部分、最初はつなげてたんだけど、こういうところは文章を組むとうるさくなっちゃうんですよ。「さ」の傾斜や「し」の折れ方なんかも修正してますね。「せ」の横棒、最初の入りのところ、ここが長いと男っぽい感じになるんだよね。ほんのちょっとの違いなんだけどねー。

全体的な大きさもちょっと小さくしたりしてます。
上の初期の方は最初に手で書いたのに近いんだけど、総じて(最初のと比べると)穏やかな感じになってるね。自分でいうのもなんだけど、下の方が練れてます。ちゃんと。

そんなこんなで14回ほど作り直しました。全部直したわけではないけど、かなり手を入れた。
最初に出来たときは「天才だー」と思ったんだけど、やっぱり天才じゃなかったです(笑)

形と音と線は密接に結びついている

仮名を作るときの規則として、大きく書く文字は仮想ボディの内側の字面の線に接するようにかいてます。
「あ」みたいに大きい文字は字面いっぱいにかく。

▲仮想ボディと字面


(大きく書く文字と書かない文字の違いは?)
うーん、例えば「い」とかは「い〜〜〜っ」って横長なイメージだし、「と」とか「か」とか…。音のもつイメージ。
発音、音と形は密接に結びついていると思う。だからこそ、仮名の大きさには差がある。その形を活かして筆でどれだけ自然な線で書けるかというのが大事。
形と音と線はとても重要。いかにこれを美しくみせるかというのが俺たちの使命というかなんというか、その為にやっている。


(カタカナはどうですか?)
カタカナはどうしようもないです(笑)
ひらがなっていうのは平安時代に出来た文字で歌を書く為に声に出したい文字だけど、カタカナというのはそういうリファレンスというかベースがない。
左払いをどうかっこ良く書くかというのはあるかな。あと「ロ」はあまり大きくしたくないとか…漢字の口に似ちゃうから。でもカタカナの場合、何が正解というのはないね。

▲カタカナ

プレゼン

最初に仕事を受けた時、組版をいつもやっている人たちに選んでもらえるフォントが出来るだろうかというのが不安だった。
いざフォントができて、キャップスでプレゼンをした時、実際に組版をやっている人を10人ぐらい集めて、こちらで(フォントを変えて)10種類ぐらい用意した組版をみてもらい「一番きれいだと思うもの」のアンケートをした。
そしたら、この書体にはほとんどの人が手を挙げてくれて、そこで「この書体は皆さんの為に作った書体です」と言ってプレゼン終了。
プレゼンで選んでもらえるだろうという自信はあったけど、あの時は嬉しかった。
「文麗(ぶんれい)」という名前は、キャップスの方とか仕掛人が決めました。


外国文学向け仮名フォント 「蒼穹(そうきゅう)」


外国文学向け仮名は、ディケンズの「二都物語」を読んで作れと言われました。
これがねぇ、長いんですよ。文庫本の上下巻で。そして、暗い暗い、くら〜〜〜〜〜いの。
50Pぐらい読んだら嫌になっちゃって。イギリスって暗いんだなぁと思って。
これに合わせて作ったら嫌な感じの文字になっちゃう。だから依頼は無視して作る事にしました。

蒼穹
翻訳だし、色をつけないほうがいいだろうと。明るく、爽やかに、誰の本でも合うように。

カタカナの大きさがキーになるだろうと思いました。翻訳物はどうしてもカタカナの量が多くなるから。ほら、あれ「罪と罰ドストエフスキーですか?あれなんかも、人物名が長くってカタカナばっかりでしょう。

蒼穹 カタカナとひらがな
カタカナとひらがなを同列に考えてつくった。だから見方によってはちょっとカタカナが大きく見えるかも。

線に思い入れを入れないように、あまり筆のニュアンスは出さないようにつくった。
さっぱりしてて、直線的で、今日みたいな爽やかな秋空っぽい。だから蒼穹という名前になりました。

イワタオールドとの比較。カナの小さいイワタオールド、大きい蒼穹


蒼穹で組んだ文章(左)イワタオールドで組んだ文章(右)

イワタオールドのカタカナってすごく小さいんですよ。それと比べると蒼穹のカタカナは大きい。
私の中ではけっこうキワドい大きさだと思う。普通なら私はもっと小さく書きます。

イワタオールドは小説を組む時に人気のある書体だけど外国文学を組むにはちょっとカタカナが小さいと思う。あ、今日イワタの人も来てますけどすいません(笑)

「文麗」と「蒼穹」の違い

蒼穹の仮名を作るのはあまり時間はかかりませんでした。思い入れを断ち切って作ったのであまり考えずにできた。
蒼穹」の方が「文麗」よりちょっと字面が大きいです。

「文麗」は「こころ」を読むということで、1つ1つしっかりと丁寧に読ませたいので、ちょっと扁平にして、漢字に対して仮名の字面を小さくした。
外国文学はそれに対してもっと明るくしたいと思った。だからちょっと字面が大きい。

例えば精興社明朝なんかは、仮名の字面が小さい。そしてちょっと扁平。だから組版がちょっとクラッシックに見える
それに対して、例えば小塚明朝は仮名の字面が大きい。新聞明朝に近い。

どちらがモダンかというと、これは小塚の方がモダンだと思う。仮名を小さくするとクラッシックに見える。

「文麗」と「蒼穹」だと「文麗」は文学寄り「蒼穹」はモダン。
蒼穹」はイワタに比べると文字が大きい。やはりモダンにしたかったから。行が1行で見えるような。

女流文学向け仮名フォント 「流麗(りゅうれい)」


「流麗」は作ったはいいけど、まだ全然使われていないんだよね…なぜでしょう(会場から「使いにくいんだよ」の声 キャップスの方?)

「文麗」と「蒼穹」が割とうまくできたので、もっと極端な文字を作ってほしいということで「女流文学」と「プロレタリア」をテーマに作りました。
これが大変。はじめはもっと簡単に出来ると考えていたのだけど大変だった。

女流文学向けフォント「流麗」は古い文献からよい形をみつけてきて、そこからフォントを作るという方法。
この方法は、昔中国からきた漢字に仮名をどうやって組み合わせて組版するかといった江戸から明治にかけての苦労、それに似てる。


▲「や」「な」の形を参考に
この「や」とか「な」とか形がいいでしょう。これを抜き出して組み合わせていった。
ところが、そうやって作っていくと、男にしかならないんですよ。文字が。女の人が書いた文字にならない。
この辺、鎌倉時代の文字とかだととたんに文字が男の字になっちゃう。
どうしようと思って、色々文献を探して、たどり着いたのがこの字。
これ、藤原定家の異母姉、坊門局さんの字なんですが、この「の」とか「け」「や」がとても女性らしい。これでいこうと思いました。

▲坊門局の文字



▲坊門局の字を元にデザインした流麗
うーん…。でもこの字はもうちょっとなんとかしたいなー。(スクリーンの表示をみながら)
こんな「お」とかないですよね…。でもまぁ(こうしてしまった)気持ちはわかる…。
局さんが字を書いたのは面相筆だとおもうんです。面相はあまり強弱がでない。自分が使っているのは写経用の筆なので、ちょっとのことで細い太いがでちゃう。自分の筆で局の字に合わせてかくとこうなっちゃうんですよね…。うーん。

これやってみて思ったのは「築地体三号細仮名」あれと似たような感じになっちゃう。あれもすごくきれいなんだけど、明朝と合わせるとうまくいかない。楷書と組み合わせたほうがしっくりする。
これも教科書体とかと組み合わせた方がいいかもしれない。
「流麗」はコントラストが難しいですよね。明朝体に合わせるとコントラストをつけないといけないんだけど、あまりつけられない。だから太いウエイトで作れっていわれても作れないと思う。
うーん…。説明している人が自分で作っといて自分で悩んでるって、これいいのかな。でももうちょっとなんとかした方がいいなぁ、これは。


(Web用に使うとかはどうですか)
えっ?うーん「縦組でつかう仮名」という注文だったので横組で使うのは考えたことがなかったな。



▲流麗 最初に作っていた字形(上)と最終的に流麗になった字形(下)
上が最初に書いた男にしかならなかった字。これも別のフォントとしてだそうと思ってるんだけど、なかなかできなくて。この「せ」なんかすごいんですけど。
私、今変体仮名をつくろうと思ってて、それで他のが遅れてるんです。

キャップスさんに流麗を納品したとき「と」の形が目にひっかかるといわれたんですけど、そこは変えませんでした。
「流麗」はイワタと合わせると固すぎて、リュウミンと合わせる方がいいと思う。「文麗」はイワタとの方がいい。

1万字もあるのに足りないの?!

なぜ游明朝と合わせないかというと、これを作ったとき、游明朝はAdobeJapan 1-3にしか対応してなかったんで、力不足といわれたんですね。
イワタなんかは1-6対応していたから。
でも1-3も一万字もあるんだよ?一万字もあるのに足りないのか?って。ねぇ。写植なんか5千字しかなかったのに!
そして一万字と二万字とで値段が変わらないってどういうことなの?…とかいっちゃうと数が少ない方を安くしろと言われちゃいそうだけど。


プロレタリア文学向け仮名フォント 「文勇(ぶんゆう)」


「文勇」はプロレタリア文学を組む為のフォント。
これを作ったのは私ではありません。モトヤから字游工房に入ってきた伊藤君という人が作った。まだ3年目ですよ。3年しかやってない人がここまでやるのかっていうね。

「文勇」は小林多喜二の「蟹工船」のイメージ。無骨、硬筆、金属質、男性的、右肩上がり、こぶりな仮名。矢沢永吉を組むようなゴリゴリ感で。山椒は小粒でぴりりとからい、ってイメージメモに書いてあります。

「流麗」とは対照的なフォントです。

▲「文勇」初期デザイン(上)と最終デザイン(下)
20回ぐらい作り直してましたね。もうやめろって言いましたけど(笑)
最初と最後を見比べてみると、大分矯正されておとなしくなってますね。個性は残ってるけど、普通っぽくなっている。

カタカナは小さめですね。多少修正で大きく強くしたんだけど、それでも小さめだと思う。
修正では太さも太くしてます。カタカナが小さい上に細いと存在感がなくなっちゃうから。

文字を作ろう!フォントを作ろう!

今回、テーマがあってその内容に即した仮名をつくるという事で、すごくチャレンジングだったし、勉強になった。

今、フォントの中に文字が約2万3千字あるうち、仮名は約200文字ぐらい。
同じ組版でも仮名をかえるだけで印象ががらりと変わる。これは日本語の組版の特徴。
だからなんだって(新しい書体だとかいって)2万文字も作らなきゃならないのかと思うんだよね。

私、今、文字塾というのをやっているんだけど、皆さんちょっと文字を作ってみたらどうですかと。
20mm×20mmの中に作れば、仮名はすぐに作れる。皆が自分の明朝体を持つ。
個人でFontを作るというのは、写植の頃には考えられなかったけれど、今はちょっとこころざしさえあれば出来るでしょう。
自分で文字を作ってみれば、どういう文字が自然な文字か体得するきっかけになる。
PASSPORTの文字なんかに頼らず、1300書体に頼らず、見出しぐらいだったら自分で作ればいいんです。文字を作ろう!フォントを作ろう!



――ここから会場参加者との質疑応答に。


「流麗」を納品した時に「と」の形について言われたということですが、今の形で押し通した理由はなんですか

うーん、なんだったかな。何で押し通したか。今見るとそんなにこだわらなくてもよかったと思うね。


AKBの読書感想文フォントは出るんですか

やったら売れるだろうなーと思うんですけど、でも売り上げほとんど(AKBサイドに)持ってかれるだろうなと(笑)
写研で昔、丸文字コンテストっていうのをやって、そこで入賞した丸文字を文字化した事があるんですよ。
でもその時、写研の石井裕子社長が美容室でたまたま見た雑誌にのっていたおニャン子クラブ永田ルリ子さんの丸文字をみて「これいいじゃない」と「ルリール」という名前で文字化した。これは入賞した文字より3倍ぐらい売れました。


今後新しい書体を開発しますか

うーん、もっと若い人がやるかなと思う。
私が明朝やゴシックばっかりやってるのは、これが日本の文字のキーだと思うから。文化の礎というか。
時代とともに文字の形は変わると思うけど、積極的に変えていくのか、守っていくのかだと、自分は守っていく方をやりたい。
底辺がしっかり守れていることによって、枝葉を支えていくというか。

明朝をしっかり残していく。要は本文書体をちゃんと守っていきたい。
守る一方で、今後電子書籍などで文字が表示されるデバイスが変わっていく中で、タイポグラフィも変わっていくだろうなと思う。
iOS7がでて文字が細い細いって話題になっているけど、今、デジタルデバイスで見る文字、みんな細いよ。
今後、新しいデバイスに合わせた、紙では使えないタイポグラフィが出てくると思う。そうするとベーシックな形から変わっていくと思ってる。


本文書体ではなく、見出し書体で、何かの復刻というのではない新しい字游工房オリジナルの見出し書体をやってください


よし!やるよ!(笑)


【感想】
確固たるイメージをもって作った「文麗」「蒼穹」、リリース後もまだ悩んでいる「流麗」いずれの話も、フォント制作者の思考を感じることができて、大変面白かった!

仮名を作る、というテーマの話の中から、鳥海氏の考えるフォント制作のポリシーとか、これからどうしたい、どうなると思う、という考えとか、色々な事が感じられるセミナーだったと思います。

とくに、最後の質疑応答ででた「これからのタイポグラフィ」について。
伝統的なものを守っていく側でありたいといいつつ、今後タイポグラフィは変わって行くだろうということを確信している。この辺りは、いま電子書籍などに関わる人みんな、それぞれの立場で感じている空気なのかもしれないなー。

ありがとうQuark、そして独占へ

知らなかったんですけど、Quark XPressの10が発売されたんですね。
ver10ということで、ついに二桁ですか。記念すべきバージョンですねー。

とはいいつつも、私がQuarkをバリバリ使っていたのはver3、4、辺りまで。Ver6はとりあえず検証用に1本入れとくかぐらいで、Ver7,8,9に至ってはいつ出たのか、日本語版があるのかどうかすら、思い出せない程度。

そんな状態ですから、ver10が出たといっても大して気にしてなかったんですが、Twitterに気になるツイートが。


なに、どうしたの!ver10になにがあったの!と思っていたら、追い討ちをかけるように大日本スクリーン出力の手引きWebからこんな発表が

QuarkXPress 10の不具合情報

「貼り込まれたPDFの中の縦書きが横書きで表示される」って面白すぎるんですけど。「透明のプレビューでクラッシュする」ってわざわざ書くってことはかなりの頻度でクラッシュすんだろーなー…。
とどめに「この状況では、QuarkXPress 10の出力サポートはできません。

サポート「しない」んじゃない「できない」んだっっ……!!!!!
いやー、出力の世界ではかなり忍耐強いと思われる大日本スクリーン、出力の手引きさんがさじを投げましたよ(笑)


しかしまぁ、なんだって今回はこんなに不具合がでてるのかねーとQuarkの最新機能などを見てみました。
Quark XPressバージョン(機能)比較

▲一番上に「ネイティブCocoaアプリ」

どうやら、Ver10からネイティブCocoaアプリになったっぽい。

つまり、中のプログラムを大幅に書き直してる可能性。…あー…なるほどね。
書き直すついでに色々と(Quarkにとっては)先進的な機能(透明とか)に対応しようとしたんだけど、派手に失敗したと。
この機能比較ページを見るに、Ver10は新しい(ユーザー用の)機能の追加というより、内部的な(Cocoaなどの)新しい機能への対応がメインなのかなという感じ。

実際、ユーザーが使う機能については、透明へのサポートはともかく、他の機能をみても、特に目新しいものはないんだよね…。
どの機能をとってもInDesignでは既に実装されていたりというもので…Adobeの一社独裁はやだといいつつも、対抗馬のQuarkさんがこれじゃーなー。

同じ気持ちを持つ人も多いようで最初に「衝撃をうけた」ツイートをしていたジーコさん



Quark…もういい…!休めっ…!休んでいいんだ…!!!!
いままでありがとうQuark!忘れないよQuark!


あとに残されるのは、恐るべき巨人と食い散らかされるユーザーだけだな!

もじもじカフェ 映画字幕師・佐藤英夫の仕事とデジタル化

もじもじカフェ 第39回「映画字幕師・佐藤英夫の仕事とデジタル化」に参加してきました。

今回のテーマは「映画字幕師」映画字幕の第一人者佐藤英夫氏の仕事と、その文字のデジタル化について。
佐藤英夫氏は映画字幕師として40年以上2500本以上の映画の字幕を手がけてこられた方。「タイタニック」「アラビアのロレンス」「ウエストサイドストーリー」など数々の名作が佐藤氏の作品。残念ながら今年7月に他界されたということですが、その佐藤氏の字幕文字はご子息である武氏により「シネマフォント」としてデジタルフォント化されています。今回は佐藤武氏に映画字幕のお仕事と、そのデジタルフォント化についての話をきくという会でした。

佐藤英夫
「シネマフォント」は「さとうけや」で販売されています。
「さとうけや 楽天http://item.rakuten.co.jp/satoukeya/c/0000000101/
「さとうけや」http://satoukeya.com/index.html

DTPネタからはちょっと離れてるかなーと思いつつも、面白い話だったのでレポートします。
例によってレポートは私の手書きメモからの書き起こしですので、細部に違いがある場合があります。

父が字幕を書くに至るまで

まず、父が字幕を書く事になった経歴を。
父は最初は電機メーカーに就職をしたんですが、そこが退屈ですぐに辞めてしまった。その後叔父の所に居候していたんですが、この叔父というのが高瀬鎮夫氏。『カサブランカ』の「君の瞳に乾杯」など名訳で著名な映画翻訳の第一人者です。
高瀬氏の事務所には、翻訳者と一緒に「書き屋」と言われる映画字幕師のおおいまこと氏などもいました。

当時は終戦後で、映画はアメリカで映画館に配られるポジフィルムの余剰プリントを買ってきたもの。
ポジフィルムなので、直接フィルムに傷を付けて文字を抜く。このポジに字幕をつけるという技術は中国、韓国の方が先行していたので、そこから機械を買って制作していました。

父は子供の頃から手先が器用でした。なので、人の文字を真似して書くのも上手だったんですね。
ある時書き屋さんの一人が急病でその代役として字幕の文字を書く事になった。それがスタート。
当時1タイトル書くと20円。うどん一杯20円の時代です。月に4〜5本の映画をこなすと暮らしていけるぐらいのお金がかせげた。ですからかなり効率のよい仕事でした。

最初は、ポスターカラーで黒く塗った紙の上に筆と白のポスターカラーで文字を書いたそうです。
筆も、そのまま使うとひげが出ちゃうので、毛先をちょっと焼いて平べったくなるようにして使ったり、工夫していました。

▲字幕原稿

映画の字幕というのは1秒に4文字です。1行で13文字、最大でも2行で収めるというのがルール。
その範囲に収めなければならないので、専用のゲージなどを作ってその枠内に書くようにしていました。


▲専用のゲージ内に字幕文字を収めるように書く
当然翻訳もその文字数に収まるように翻訳しなければならない、ですから意訳というか細かいところを省いて意味が分かるような翻訳、これは戸田奈津子さんとかが得意なんですが、そういう翻訳をするようになった。

映画の字幕は2行になるとセンタリングをするんですが、これは文字数できっちり割って合わせるのではなく、文字のボリューム、重心がセンターに合うように書きます。ですからデジタルフォントのセンタリングとは同じにはなりません。

また、映画のフィルムはフィルムの縦横比をスクリーンの縦横比に合わせるためにあらかじめ縦長になるような変倍がかけて焼いてあるのですが、字幕の文字もそれに合わせて、投影したときにちょうどいいサイズになるように変形させてかきます。冒頭にでる映倫のマーク、あれも書き屋さんが書いていました。ですから丸の形がちょうどよくなるように調整して書くわけです。
さらに、隣にどんな文字が並ぶかによって、文字のボリュームなどを調整してかきました。

こういった、手書き作業でのポイントというのはそのままシネマフォントを作る時の課題になりました。

最後の手書き字幕

父がよく言っていたのは「字幕の文字は映画のストーリーを邪魔してはいけない」という事、インターフェースとして違和感無く読める文字。どんな字だったかというのが印象に残ってはならない、そういっていました。

通常、映画の字幕だと800〜1000枚ぐらいの字幕を書きます。これが裁判ものみたいなのだと1600枚ぐらい。逆にアクション映画だと少なくて5〜600になる。だから父はアクション映画が好きだと言ってましたね(笑)

父が最初から最後まで全部手書きでやった最後の仕事というのは「タイタニック」です。これが全て手書きで書いた最後の仕事になりました。
その後の「ゾロ」という映画がシネマフォントを使った第一号になります。これは大変苦労しました。

シネマフォント開発のきっかけ

最初にフォントを作ろうと考えたのは、父がだんだん暇そうになってきたのを見たからです。
映画の字幕に写植が使われるようになって、仕事が減ってきたんです。
書き屋による手作業での字幕制作は、すごく急いでやっても1本1週間ぐらいはかかる。人間がやるものだからミスもある。配給会社も安い方がよいので、どんどん写植に仕事がとられてしまう。

その頃レンタルビデオなどが出てきていた頃ですが、ビデオやDVDの字幕はほとんど写植でした。
実は、映画館でみる映画の翻訳とビデオでの翻訳は別なんです。権利の問題で、ビデオ化する時にあらためて翻訳をつけ直す事が多い。当然字幕も別です。映画の字幕は手書き、ビデオは写植ということも多いです。

私は元々半導体を作る会社に就職していて、設計の仕事などをやっていました。ですから、ソフトウェア、ハードウェアの両方が分かったんですね。
で、写植に対抗するにはフォント化するしかないだろうと思いました。

ですがその当時(90年代前半)日本語フォントを作るのはとても大変でした。ノウハウもないし、情報もない。
あちこちに問い合わせて、やっとエヌフォーさんから(1バイトフォントファイルをまとめて日本語フォントファイルにする)ロールアップツールを売ってもらいました。個人に販売したのは私が最初だと思います。

文字をフォント化することについて、父は最初は渋っていました。まず、これが完成すると書き屋の仕事がなくなるだろうという事。
父自身は書き屋という仕事は自分の代で終わりだろうと大分前から考えていました。私が子供の頃、軽く書き屋になろうかなみたいなことをいったのですが、やめておけと言われました。父は弟子もとりませんでした。大分前から父自身は書き屋という仕事がなくなると思っていたようです。
ただ、父以外にも書き屋さんはいましたし、書き屋を育てる学校のようなものもあった。ですからフォントにするとそういう方たちの仕事がなくなってしまうと考えていい顔をしなかった。

最終的に父が折れたのは、結局まぁ私が息子だからというか「(フォントを作って)手書きの仕事がなくなっても、フォントで仕事をすれば家としては仕事があるからそれでいいじゃないか」と説得しました(笑)

フォント化の苦労

字幕の文字をフォント化するにあたって、最初は1文字1文字書いてもらったのを並べればいいかと思っていました。
ですが、実際にそうやって並べてみると、バラバラになってしまって全然まとまらない。

字幕の字というのは、隣り合う文字によって、字のバランスを変えて書いているんです。画数の多い文字が文字数の多い行に入るときは線を間引いてしまって軽く見せたり。

例えば「大丈夫」という文字があります。この「大丈夫」など、3文字で一番上の横線の高さ、肩の高さが揃うように書きます。
ですがこの「大」という字を取り出して他の場所で使われている「大」に並べてみると横線の位置が違うんです。

だから、一文字一文字書いたものを並べてもバランスよく見えない。

隣り合う文字によってバランスを変える必要があることが分かって、今度は膨大な文字の組み合わせをチェックする事になりました。これは家族にも手伝ってもらいました。

シネマフォントでの字幕作成

字幕を作成するのに1本で1週間以上かけていては写植に勝てません。出来るだけ制作作業を短縮する必要があります。

字幕を書いた原稿、スクリプトというのですがこれを管理するのは、原稿の隅っこに書いた通しNoを使います。この番号を指定して修正や差し替えの指示が入ります。この番号の管理や抽出などを素早くやらなければならないので、FileMakerを使って字幕の作成、管理をすることにしました。

映画の字幕では句読点がつきません。代わりに読点は半角スペース、句点では全角スペースを開ける。

手書きだともっと細かくニュアンス的なスペースやカーニング処理をしている。でもFileMakerだとそれはできないので、フォントに細スペースなどを追加して、それを入れることで対応しました。

字幕には縦書きの物もあります。
字幕独特の処理として縦書きのイタリック処理がある。これは右上がり左下がりの斜体。
手書きではイタリックにしても太さを一定に書く事が出来るが、フォントを機械的に斜体にするとどうしても太いところ細いところができてしまい鼻につくようになる。
また縦中横の扱いなども難しい。縦中横フォントをつくったとしてもFileMakerでは呼び出せない。

FileMakerでこれらを解決するのは無理なので、早々にあきらめて、こういった処理はIllustratorでやるようにしました。

フォントワークスでの製品化

シネマフォントはフォントワークス社からも「ニューシネマ」というフォントとして製品化されています。
フォントワークスは手書き風フォントを多数だしているところと言う事で、手書きのテイストを残してフォント化してもらいました。

製品化された物を見て、最初は「(画一化されて)普通の丸ゴシックみたいにみえるなぁ」と感じましたが、実際ニューシネマで色々と熟語を組んでみるとどれを並べてもそれなりにしっくりとする。
字幕の文字としては自分の考える(父の書いた文字と同じような)ベストではないけれど、こういう風にある程度割り切らないとフォント化はできないだろうなと感じました。

フォントワークスのニューシネマは大分浸透してきたようで、たとえば山手線の動画CMなどみていると10分に1度ぐらいの割合で使われている。
父が常に言っていたように、文字自体が主張することなく、自然に使われているのをみるのは嬉しい。

シネマフォントは手書き字幕フォントとして、さとうけやで販売をおこなっています。「シネマフォント」という名前も商標登録しています。
もう10年ぐらいシネマフォント自体の開発はしておらず、使用したいところにロイヤリティとして貸し出すというような業務がメイン。
シネマフォントはニューシネマよりもっと特徴があるので、こだわりのある業務やテロップなどに利用されています




――ここから、参加者からの質問などに答える形に。トピックとしてメモしたものを載せます。質問の順番等は多少入れ替えています。また、その場で話した内容だけでなく後から懇親会で聞いた話なども含めています



学校を卒業した後、文字の仕事がしたくて書き屋の門をたたいたが『現在フォントを開発中でもう書き屋の仕事はなくなるから』といわれて断られました

それ(フォントを開発してるからというより)多分もともと採る気がないからそういったんだと思いますよ。


大統領の陰謀』という映画があるのですが、背景が白い壁の前に字幕がでることがあって全く読めなかった

今はデジタル化してるので、うすく影をつけたりするけど、昔はポジを焼いて抜いていたので、どうしようもなかった。そういうクレームは多かった。
背景が白い場合は字幕の位置をずらして見えるところにおく、などしていた。
どうしようも無い場合に背景に黒い帯をつけて字幕を出すという処理もある。でもこれは自分も一度しか見た事が無い。


話を聞くと、手書きの字幕では改行のバランスの取り方や、スペースの入れ方、カーニングの入れ方など大変細かい独自のノウハウがあった事が伺われるのですが、こういったノウハウは今後失われてしまうのではないでしょうか?

まったくその通りでおそらく絶えてしまうでしょう。実際、父に直接話を聞いた自分でもすべてを吸収できていない。


佐藤さんのポリシーとして「インターフェースとして違和感無く、映画を邪魔しない文字」というのがあるようですが、それにしてはシネマフォントはとても個性的で独特の形をしています。これはどうしてでしょう?

半分ぐらい想像を含めて話をします。
シネマフォントの独特な文字というとたとえばひらがなの「る」「う」「ら」などが特に個性的だと思いますが、多分映画で字幕を読むというのは皆さんある程度速読しているという状態だと思います。ですので、誤認しやすい文字をあえて特徴的な形にすることによって認識しやすく、読み間違えないようにああいう形になっていったのではないかと思います。

▲「る う ら」など特徴のある文字



シネマフォントはなぜ線が途中で切れているのでしょうか?

シネマフォントには「パチパチ文字」と「焼き込み文字」の2種類があります。これはそれぞれ字幕の入れ方の違いなのですが「焼き込み文字」というのはネガフィルムに使う文字で一緒に文字を焼き込んでしまう。ですのでこれは文字の線が切れていません。

「パチパチ文字」というのはポジフィルムの方につかいます。これはすでにあるポジフィルムに対して、文字の部分だけ色層の部分を焼いてしまいます。
焼く為に、銅などで凸版のはんこを作るのですが、この銅のはんこを作るのにエッチング処理をするとき、流した液が逃げるところが必要なんです。なので、液が逃げるように文字のところどころに切れ目が入ったようなデザインになります。
ただ、不思議なのは、たとえば「ぴ」とかのまんまるの部分、こういうまんまるのとこだと切れ目がなくても大丈夫らしいです。この辺は自分もちょっと納得できてないんですけど。


「パチパチ文字」はフイルムに穴を開けるので切れてしまわないように所々つなげていると聞いた事があるんですけど?

いえ、実際にはフィルムの色層の部分だけを削るような形なので、穴はあかないです。金属のはんこをフィルムにあてて削っていくんです。その時にフィルムが版にあたる音が「パチ、パチ」というので「パチパチ文字」というんだそうです。フィルムに触ってみると傷があるというか文字の形にくぼんでいるのがわかりますが、穴はあいていません。

画数の多い文字が続くときは略字に変更する。例えば「攻撃準備」の「撃」など、崩した略字にする。それだけ出されると読めないが、文章として入っていると不思議と読める。

▲「撃」を略字にした例

画数を抜くのは「パチパチ文字」の時。画数が多いとつぶれてしまうので。もんがまえなども、略字にします。しかしこれをやると小学校中学校の先生から「間違った字を書くな」とクレームが来たりする。

書き屋としては「パチパチ文字」より「焼き込み文字」の方がいいお金になったので、皆こちらをやりたがったそうです。
でもフォント化する時は父には「『焼き込み文字』より『パチパチ文字』の方が映画らしくていい」といってこちらから作りました。


翻訳者の翻訳が気に食わないときなどはなかったのか

基本的に力関係は翻訳者の方が上なんです。書き屋は配給会社から仕事を貰うだけですから、文句を言ったりしたら仕事が貰えなくなってしまいます。ただ、付き合いが長い翻訳者さん相手だと、長年の経験でこうした方がいいよとアドバイスをすることはあったようです。


「書き屋」は今でもいるんですか?

私自身は一人も存じ上げません。職業としてはもう成り立たないと思う。定年後とかに趣味で書いているというような人はいるかもしれない。
でも父もそうだったんですが、しばらく書かないでいると書くための道具なんかにも錆がでちゃったりして、道具を整えるだけで一日かかったりするんです。それにこれは父だけかもしれませんが、しばらくぶりだと手が震えちゃって思うような線が書けないと言ってましたね。


現在の映画の字幕では、手書きのような細かい調整はやっていないのか

手書きほどの調整はしていませんが、カーニングとか、ある程度はやっています。
例えば「ハリーポッター」みたいな絶対にヒットすることが分かっている映画では、かなり調整します。
でもインディーズ映画とか低予算のものだと調整せずただ並べるだけみたいなのもあります。


「大丈夫」という文字の並びでは「大」の字形が変わるなどの組み合わせによる字形変更調査をやったという話がありましたが、実際にその字形が変わるというのをシネマフォントでどうやって再現しているのでしょうか?

家で字幕を組んでいたものについては、数種類フォントを作って使い分けていました。


(会場にいるフォントメーカー関係者数名に)前後にくる漢字によって、字形を使い分けるというのはフォント技術として可能か?

イワタ「機能として搭載するのは可能だと思います。たとえば欧文のリガチャ機能でfとiがきたときに字形がつながるという処理がある。ああいった仕組みと同じように考えれば可能」

タイプバンク「タイプバンクではかなフォントですが下の字を受けて上の字がかわるというフォントをだしています。GSUBなどの仕組みをつかえばそういうことは可能です。ただし、これを全ての漢字に対してやるというのは大変。技術的には可能でも、コストの面でペイ出来ないので」

大日本スクリーン「技術的には可能だけど、テストが大変だし、コストが問題だと思います。ただ、かづらきフォントのように連続する日本語フォントというのも最近でてきていますし、今後そういうフォントの開発に適したツールがでてくれば開発のハードルは下がるかもしれません」


(そういった合字などの)様々な機能を盛り込んでOpenType化するとして、どのぐらいの文字数が必要だと思いますか

(まず機能を盛り込むという事について)最初にシネマフォントで字幕を作った時、全体の半分ぐらいの文字はやり直した(機能をつけるといっても)そのぐらい大変。
文字数については、実際映画で使われる文字というのはかなり少なくて、私もフォント化する時に父のいままでに書いた文字などをあつめてきてみたら同じ文字は何度も何度もでてくるんだけどまったく出てこない文字というのもある。

フォントには記号や罫線といったものも必要だから、そういった物も父に書いてもらった。漢字ドリルのような升目を作ってそこに書いていってもらうんですが、めんどくさがってましたね(笑)

写植の字幕が出てきた時に「いままでの(手書きの)字幕の方が読みやすい」というような投書もあったりしたんです。それで父はフォント化をやろうと思ったのかもしれません。


(参加者の一人から大量の字幕文字原稿の持ち込み)実際に映画の字幕で使われた原稿をもっているのですが、佐藤英夫氏の字かどうか判定してもらえませんか?


▲参加者の方が持ち込んだ字幕原稿のうちの一つ
うーん…これは多分父の字ではないですね…。ちょっと細かいところが雑というか…。
たとえば、この「おおおお」と同じ文字が続いている部分、父が書くとスキャナでとって重ねたときにぴったり同じに重なるんです。この字はちょっと点のあたりとかにばらつきがありますね。

字幕というのは基本的に一人で1本の映画を全部担当します。
なぜなら、ストーリーの途中で文字が変わると違和感を感じるから。文字はロットリングペンで書くのですが、映画の最初から書いていって、最後の方になるとペン先がつぶれて、スタート時に1mmだったのが最後には1.2mmになってる。だからペンも同じ一本のペンで最初から通して書いていきます。途中で急に太さが変わると違和感がでてしまうからです。

父は器用でしたので、他の書き屋さんの文字をまねる事ができました。ですから急遽文字をまねてのピンチヒッターをやることもあったようです。

腕は大事にしていましたね。子供の頃から右手では絶対に腕相撲をとってくれませんでした。これでお金を稼いでいるのだからといって。

基本的に書き屋さんは、紙に書いた文字を見られるのはいやがりますね。映像と一緒に流れていくものなので、紙で見られるとやっぱりアラが見えてしまう。


(もちこまれた字幕文字原稿をみて)これは日本語映画のようですが、それでも字幕があるんですか?

聴覚障害者用に字幕がつく上映があるんです。台詞以外にも足音など音声になるところを字幕にします。

父は電話で話しているシーンなどで、電話だということが一言で分かるように台詞の頭に電話の絵文字をいれたり、カモメの鳴き声である事がわかるようにカモメの絵を入れたり工夫していました。


佐藤氏の普段の字はどんな文字でしたか?字幕の文字に似ていたのでしょうか?

まったく違いました。私と同じように汚い字で、読むのに苦労をするぐらい(笑)
「ちゃんと書いてよ」というと「金にならない字は書かない」っていってました。
ただ、手先が器用だったのでレタリングとかそういうのは上手だったようで父が高校時代に文集の表紙を書いたというのが、まるでワープロで打ったようにきれいな明朝体でした。あれを見た時は「すごいなぁ」と尊敬しました。


縦書きの字幕というのはどのぐらいの割合であるのか

昔の映画は縦書きが圧倒的でした。今でもノスタルジックな雰囲気を出す時に縦組にしたりします。
横組が増えてきたのは、縦だと視線が左右に移動するので下に横書きで置いた方が読みやすいからだと思います。

挿入歌の歌詞などは縦で置いたりしますね。最後のエンドロールが流れるので、それを邪魔しないように。



字幕は中央揃えで書かれますが、その理由は?左揃えの方が読みやすいのでは?

好みの問題だとおもいますが、中央揃えで字形の重心が揃っているほうがよみやすいのでは
字幕の中でもたとえば記事などを読み上げているような部分では、左揃えにします。
あと、父が韓国語、中国語の字幕を引き受けたことがあったのですが、それは左揃えでしたね。


映画で横書きが増えたのはいつ頃からか
はっきりとは分かりませんが30年前ぐらいまでは縦書きが多かったと思います。
そのころから字幕を書く為のケージに横組のものがふえてきた。


縦書きと横書きで、文字を変えているところはあるのか

手書きでは3〜4割の文字に違いがあったと思う。ただ、シネマフォントの方ではその辺の違いは追いきれていません。


1行13文字で入りきらない文字量が来たときはどうするのですか?

フレキシブルに対応してました。たとえば「" "」や「―」といった文字は文字数としてカウントされないんです。
ですから、そういう文字が入ってきたときは他の文字をつめたりして調整します。


イタリックの出方など、映画字幕ならではの文法のようなものはありますか

イタリックの法則 今、画面に出ていない人が話している言葉はイタリックでだします。
例えば、電話の相手の声とか、回想シーンで「○○年○月ベルリン――」のような。イタリックにするかどうかの指定は翻訳者さんから指定がはいります。

" "は言葉にそれ以外の意味を持たせる時に使用。
例えば「あの男がそういったんだ」「"あの男"がそういったんだ」のように、言葉に含みを持たせる

文字の強調は圏点で。文字のボールド指定ができないので、強調したい文字については圏点をつける

句読点はなく、スペースで表現。カタカナの「タ」「ト」のようにつながると他の文字に見間違えてしまう文字列なども間に微妙にスペースをいれたりして見間違わないようにする

2行で収まらず次の字幕につづくときは「―」と1.5倍角の音引きが入る


シネマフォント(とニューシネマ)が広告などで使われているという話で、実際に町の広告をみるとフリーフォントのもっと安い字幕風フォントが出回って使われているようですが…

フリーフォントは手軽につかえて映画っぽいイメージをだすのに使ってるのだと思う。高級志向の広告などではちゃんとシネマフォント(やニューシネマ)を使ってもらってます。
ちなみに、あのフリーフォントとシネマフォントの違いは「の」の形を見てもらえばすぐわかります。

字幕で使われているあの文字をみて「映画っぽい」と感じるのは日本だけです。ですのでシネマフォントは海外では売れません。


なぜシネマフォントで制作する字幕をFileMakerで制作しているのでしょう。単純に番号管理したいだけなら、ファイル名に番号をつけてIllustratorで作成した方が細かい調整ができるのではないか?

番号で抽出したいというだけならそうなんですが、実際には全ての台詞のなかの特定の文字だけ差し替えたいなど、台詞の内容まで含めて抽出するような細かい検索抽出が必要なので。


【感想】

手書きの字幕文字というのは、良くも悪くも職人技だったのだなーと。
それぞれの字幕ごとにバランスを変えて書くといった細かい調整はデジタルの画一フォントではなかなか処理できないところ。

武氏がシネマフォントを制作し、字幕制作をデジタル化するにあたって、英夫氏の仕事を再現するためにかなり細かいノウハウを積み重ねているようなのですが(たとえば「大丈夫」という熟語を表現するのにその為のフォントを作成し切り替えたり、細かいスペース調整を行う為に幅の違うスペースを作って入力したり)武氏の制作環境(FileMaker+シネマフォント)にカスタマイズされたかなり独自のノウハウとなっているため、これを他に展開するのは難しそう。武氏も「息子にこれ(シネマフォントを使った字幕制作のあれこれ)を引き継がせようとは思わない」といったお話をされていたので、残念ながらこういった手書きのノウハウというのはもう失われてしまうのでしょう。

しかし、正真正銘腕一本、文字一筋で40数年家族を養いしっかりとお仕事をされきったという佐藤英夫氏の人生には尊敬と同時に羨ましさを感じます。
ご本人も映画が大好きだったという事で、完成した映画の試写を楽しみにしていたというお話からはお仕事を楽しんでいらしたのだろうなとうかがえました。

字幕というのは映画の裏方で、書き屋の名前は表にでることはないといいますが「あの文字をみるだけで映画を連想するのは日本人だけ」というぐらい、文字を見ただけで日本人のほとんどが映画が連想できてしまうほど、佐藤英夫氏(と、その他の書き屋の皆様)のお仕事は日本人に浸透しています。それは名前が出る事よりもよっぽどすごいことなのではないかと思ったりもするのです。

文中、佐藤英夫氏のお写真などは「さとうけや」より転載させていただきました。
快く転載の許可をくださった佐藤武様、ありがとうございました。
また、字幕文字の例文はフォントワークスの「ニューシネマ」で作成しています。(…シネマフォントもってないので…)

このページ内の画像をNAVERまとめに転載することを禁止します。

ブックフェア/電子出版EXPO 2013レポート

ブックフェアと電子出版EXPOに行ってまいりました。

電子出版EXPOとブックフェアの区別ってなんだ。

一昨年、去年、今年と3年連続でブックフェア/電子出版EXPOを見に行っているわけだけど「電子出版元年」とかで雨後の筍のように様々なサービス、ストア、有象無象がわいていた一昨年と、元年といいつつ思ったより広がらなかった市場に軽く失望しつつ、でもkobokindle上陸直前で「まだ何かあるんじゃないか」との期待感のあった去年に比べて、今年はなんというか、よく言えば落ち着き。悪く言えば…な感じで、どうも盛り上がりに欠ける気はいたしました。

山ほどあった電子書籍変換出版サービスとか、多少淘汰されたのかなぁ。電書ストアとか、大手だってあんまり儲かってないし引くに引けずにやってるところもありそうだな。BookLive!は-40億の大赤字だとかで「こんな大赤字になるなんて日本では電子書籍市場は無理だ」的な話もでてるみたいだけど、BookLive!の赤字は知名度が低いのをカバーするための広告費に加えて、ストアに特色、得意分野がなくて客が集まらず利益をあげれないのが原因じゃないかと思うけど…。現に同じようにバンバン広告だしてるパピレスなんかは利益あげてるんだよねー。もう、どこで儲かってるか一目瞭然だけど。(エロ!BL!TL!なわけだ)

あ、ところで今回のブックフェア/電子出版EXPO、BookLive!とか楽天koboなんかは電子出版EXPOエリアではなくブックフェアエリアに出展してました。
大日本印刷なんかもhontoブースを含めブックフェアエリアに出展。「電子出版」というジャンルじゃなくて「書店」として見てほしいってことなのか?
電子出版EXPOといいつつ、最大手のamazonさんとか、Googleブックスさんなんかは全然参加してないし、もし参加するとしてもブックフェアエリアになりそうな気がする。なんとなく、電子出版EXPOとブックフェアの区別が曖昧になってる感じがします。
かといって、ブックフェアのエリアが盛り上がっているかっていうと、楽天、大日本などの電子書籍ブース以外は割と中小の出版社が多く、ほとんどのブースが本の展示即売を細々とやるというような、一体何が目的なのか分からない感…。

そんな展示会でしたが、見て歩いた中から、私が興味を持ったものを中心にレポートを。


凸版印刷


電子書籍EXPOエリアでは最大スペースでの展示。
子会社の電書ストアであるBookLive!はブックフェアの方に別出展してたから、そこも含めて考えるとこの展示会最大の出展社と言えるかも。

中吊りアプリ(参考出展)

電車の中の中吊りから記事を買う、というコンセプトのアプリ
車内風景を模したインターフェースで、中吊りを表示。中吊りの中の気になる見出しから記事を1記事単位で購入できる。

アプリの内容としては、雑誌などを記事単位で買うというものでしかないのだけど、中吊りというインターフェースにしたのが受けていた。
表示されている中吊りデータは実際に電車などで掲示されているものを想定。
中吊りの見出しから気になるタイトルをクリックするとその記事が読める仕組み。すべての記事が読める訳ではなく、どの記事を読めるようにするかは中吊りの出店者が決める事ができる。
出店料は無料。記事が売れた場合売り上げからいくらかのマージンが凸版印刷に入る。
課金方法は現在未定で、クレジットカードの決済や携帯の使用料としての徴収などを検討中。

デモ機はAndroid機での表示だったが、iPhoneにも対応予定。

残念ながら、実際の現在地とは連動していない。つまり、自分が今のっている電車の情報と連動して同じ中吊りを表示するという機能はないってこと。これ、連動してたら面白いんだけど、まぁそうなると表示できる中吊りが制限されてきちゃうし、実際には難しいよね。

あと、これバンダイナムコと協力して開発してるとかで、おまけ機能としてミニゲームがついてるんだけど、このミニゲーム、「車内で釣り針をつかってスカートをひっかけるゲームがついてた」という噂を聞いたんだけど、ほんとだろうか?かなりギリギリ…いや完全アウトなゲームが気がする。ほんとですか、凸版さん。うーん、確認してみたかった。残念。


凸版フォント

去年の電子出版EXPOで予告されていた「凸版フォントのリニューアル」今年は実際のリニューアルフォントの見本も含めての展示。

フォント、という(見方によっては)地味なものの展示としては、かなり力を入れていて、凸版活字の原字(というのか?)や金属活字なども展示してあった。

新しい書体は2013年秋に明朝体がリリース、その後2014年秋にゴシック体、見出し明朝体、2015年春に見出しゴシック体、2016年春にゴシック体Boldがリリース予定。
フォント名については、このまま「凸版」という名前をつけたフォントで行くのか、新しい名前をつけるのかは未定だそうな。凸版印刷には「こぶりな」という名前のフォントもあるのだけど「こぶりな」みたいに印象的な名前が「降ってきて」ひらめくのを待っているところだそう。

リニューアルされた凸版フォントの詳細については、監修者の祖父江氏を含めたトークセミナーが開催されていた。そちらの方もレポートを書いたので興味のある方はどうぞ。


大日本印刷

大日本印刷はブックフェアのフロアに出展。電書ストアサービスであるhontoとブースを並べていた。

honto pocket(参考出展)


フランクフルトのブックフェアなどでも話題になっていたという低価格デバイス。日本国内ではどこがやってくるかなーと思っていたのだけど、hontoがきましたか。
たしかに楽天とかamazonとかBookLive!とか独自端末もってるところは手を出せないもんね。その点hontoは端末を持っていない。

低価格デバイスということだが、実際は「デバイス代はタダ同然にして、コンテンツ代で稼ぐ」つまり「デバイスごと売る」というモデルである。

▲単三電池が入るところが出っ張ってる
5インチの電子ペーパー系端末。単三電池2本で稼働、1日30分の使用で1年間稼働できる。電池は入れ替え可能。文字サイズの変更などはできない。

honto pocketについては、デバイスにあらかじめテーマにそったコンテンツを収録しており、そのコンテンツ代金にデバイス代も含まれることになる。

▲文系作品をテーマにした「文豪」紙パッケージを含めての売り物。
容量4GBだが、現在15タイトルまでという制限がつけられている。つまり、コミックだったら15冊分のコンテンツを入れて、15冊分の価格で販売する。
コンテンツの入れ替えはBluetooth経由で可能。ただし現在の仕様では15タイトル以上は入れられないので、先に入っているコンテンツを消してから入れ替えることになる。実際にはこのビジネスモデルではユーザーがコンテンツを入れ替えるというのはあまり想定しておらず、買ったらそのまま本棚に並べておく、というイメージ。

実手に持ってみると5インチというサイズで文字サイズが変更できないため文庫本の場合1ページに表示される文字数が少ない。また漫画の場合は見開き表示はできないので、入れるコンテンツはそれなりに制限されるだろう。

正直、ちょっと安っぽい感じはする。おもちゃっぽいというか…。
あとパッケージも含め結局場所をとるので、これがたくさん集まるのもどうだかなぁ。


秀英体
DNPのオリジナルフォント秀英体。最近リニューアルしたということで、リニューアルの経過なども記した歴史本が出版されるそう。
まだ最終稿まえだとかで、見本だけが展示されておりました。2,100円ってこの手の本にしたらなかなかお安いんじゃない?

▲「100年目の書体づくり」未本誌


楽天 kobo

日本未発売モデルのkobo aura HDが展示されてました。(写真とるの忘れた…)
画面もきれいだし、切り替えも早かったけど日本では発売予定はないそうな。

あと、スマホなどに楽天koboリーダーappを入れれば1,500円分のポイントくれるっていうキャンペーンやってて、その周りに人がたかってた。
(その周辺に無料wifiも用意してくれてたので、そこに接続してダウンロード)
私もその場で入れてクーポン貰ったんだけど、期限が当日の24:00までだったもんだから、酒飲んだら忘れちゃってて結局無駄に。


音声サービス

会場を歩いていて目についたのは、電子書籍の「読み上げ」サービス。
特に、合成音声で自動的に音声を生成するタイプのサービスがいくつかありました。

EPUB3で音声同期もできるようになったというのもあるし、あと今後電子書籍市場で期待できるのは学習・教育素材のエディケーション分野じゃないかと思ってるのだけど、そこでも読み上げ機能というのは必要になるしで、ちょっと盛り上がりつつあるかなという感じ。

NTT IT

音声合成SaaS バーチャル・ナレーター
Webブラウザ音声合成サービスにアクセスして必要なテキストを音声データに変換してもらうサービス。
基本的には月額契約で、変換できる文字数によって月額料が変わる

NTTクラルティ


音声付きEPUB作成サービス「おともじん」
EPUB、HTML、Word、テキスト、InDesignなどのデータから読み上げ用音声つきEPUBを作成。
音声作成には「音声合成SaaS バーチャル・ナレーター」を利用
EPUBとして作成して納品なので、リアルタイム合成音声ではなくて、読み上げ済みの音声データがEPUBにつくというもの(その分修正して納品されるので読み間違いなどはない)

NTTメディアインテリジェンス研究所

次世代の音声付き電子書籍〜あなたの声でよみあげます〜(参考展示)


ユーザーが数秒間の声を登録することによって、そこからその人の声に似せた合成音声を作成。
ユーザーの声や話し方に似せた合成音声ができるというのを、ユーザデザイン音声合成技術というらしい。

ただ、これも「この音声をつけたEPUBを作成します」という話なので、このエンジン自体がついたブラウザなどがでるわけではなく「似た音声の音声データを作って納品しますよ」というもの。

このエンジン自体が自由に使えたら、結構面白そうなんだけどね。

東芝


東芝タブレット用 BookPlace Reader、電子書籍専用端末「BookPlace MONO」に合成音声での読み上げ機能を追加。
当初は男性声/女性声の2種類のみのバリエーションだが、今後子供の声などバリエーションを増やし、有名キャラクターの声や声優の声なども用意する予定。

これはリーダーでの自動読み上げ機能。
今後有名声優とかのバリエーションがでたら、喜ぶ人多そう…。

モリサワ


MC Magazineに音声合成機能(参考出展)

MC Magazineに音声読み上げ機能がついてました。



小ネタ

どこいってもこれがある


▲ぶらよろ

緑のお姉さんはここにもいた


▲pageでも見かける緑のお姉さん。モデル体系じゃないのがなんとも…社員さんなんだろうなー。

Renta!は割と閑散としてる


でもちゃんと利益だしてるし、別にここで客を集めなくてもいいんだろうな。

ブックフェアの隣でやってたプロダクションEXPOが面白い

隣というか同じフロアで並んでやってるから紛れ込んじゃったんだけど、いやーこっちの方が面白いわー。


▲特殊なラジコンヘリみたいなので空中から撮影する機材とデモ。すげーかっけー。

▲カメラで撮った動きにリアルタイムにあわせて画像が変化する。


▲人の動きをそのまま3Dモデルに伝える


こういう凝ったコンテンツ制作って電子書籍EXPOの方にも若干あるんだけど、断然こっちの方がクオリティ高い。まぁ当然か。


【感想】
一日歩き回って、色々見て回ったんだけど「これは!」というような新サービス、新技術というのはそれほどなく…。ただ、各ブースで商談をした人の話だと、去年、一昨年と違って今年の商談は「より具体的な数字」をだしてのものが多かったということで、そういう意味では電子書籍制作が実験の場から実践の段階に移ってきたということなのかなとも。

実はこの後、別の会場で「第一回『裏』東京国際ブックフェア」というのが開催されて、そちらの方で聞いた話などが超面白かったのだけど、残念ながらそこは完全オフレコ!という決まりの会なのでここには書けない。「来年も開催を!(笑)」という声も上がっていたので、来年もあるといいなぁー。

電子出版EXPO TOPPANブースセミナー 凸版書体の魅力とこれからの文字デザイン

電子出版EXPO、凸版印刷ブースでのセミナー「凸版書体の魅力とこれからの文字デザイン」のレポートです。
内容はすべて私のメモ書きから書き起こしてますので、正確な物ではありません。
大体こういう話だったよーという程度です。
祖父江氏の話はメモるの大変でしたので、正直書き漏らした部分多いです…

【スピーカー】

祖父江 慎(ブックデザイナー)
田原 恭二凸版印刷 デジタルコンテンツセンター技術部 課長)
紺野 慎一凸版印刷 デジタルコンテンツセンター技術部)

その1 語られることの少なかった凸版明朝・凸版ゴシック

祖父江:語られることの少なかった凸版明朝・凸版ゴシック、ってことで、凸版フォントは謎の多いフォントだよね
紺野:実際僕らも詳しい事はまだ知りきれてないんです。今、印刷博物館などとも協力してその歴史などを調べている最中。まだまだ分かっていない事が多い。


凸版書体の特徴は?

▲右二つが凸版書体
田原:1950年頃から使い始められている書体です。主に書籍などで使用されました。誰でも読める、単純で美しい書体ということで、それまでは(図の)左のような、つながった文字が多かった。これは筆文字の筆運びから来ています。「き」や「さ」などがつながっている、切れていないのが一般的だった。凸版書体はここに、ペンで書いたようなモダンな文字として登場した

祖父江:凸版明朝は他の書体と区別しやすいんだよね。「さ」とか「き」を見ればすぐにわかる
祖父江:ちなみに(画面に出ているつながっている例の)左の書体は大日本印刷(の秀英体)だね
紺野:あ、言っちゃった(笑)他意はないです(笑)
祖父江:凸版フォントとちょうど真逆のフォントだよね。つながっているのとどんどん切っているのと。

田原:凸版活字がでてきた時台背景を見ると理解しやすいんです。戦後それまでまちまちだった教科書の書体などがそれはまずいということで、教科書用の書体などがつくられた。この昭和30年前後に凸版オリジナルの活字が作られている。昭和30年前後というこの辺の歴史についても実はまだあやふやで、今調べている最中です。

祖父江:代表的な日本の活字の中でも最後に登場したのが凸版の活字。凸版活字は「日本の書体は今後こうなるぞ」という戦後の盛り上がり、教科書体などにあわせて生まれた文字。伝統的な活字の中でラストに登場してる。書体について、皆がこれからどんどん広がっていくという夢を見た時代の文字。
祖父江:これ以降は画期的な書体というのはそんなにでてない。どれもそれまでにあった文字をちょっと変えたというだけで。

祖父江:その凸版フォントなんだけど、なんだか最近他のフォント見分けがつきにくくなってきた。なんでかというと今のUDフォントの台頭。UDフォントは「よみやすさ」を主眼にするので「そ」とか「さ」とかをつながないのが多い。だから、凸版フォントと見分けがつきにくくなってきた。つまり教科書体的なわかりやすさ、読みやすさ、今のフォントは50年たってぐるっとそこに戻ってきているのかなと。
紺野:祖父江さんに凸版フォントの印象などを最初にうかがった時「UDフォントのはしりだよね」とおっしゃったのが印象的でよく覚えています



紺野:年表にあわせて話をしましょうか
祖父江:凸版明朝がでた昭和30年頃は写研の石井さんの「文字なんか1種類あればいいじゃないか、全部一つにしてしまえ」という野望があったころなんですが
紺野:えっ?それは事実としてそんなことがあったんですか?
祖父江:いや、そうじゃないかなーと思ってるだけなんだけど。
祖父江:そんな戦後の空気、時代背景にのってでたフォントが凸版明朝。
祖父江:書体というのは、その書体自体の美しさとかより慣れというか、その書体になじんでいるかどうかというので善し悪しを判断される事が多い。最近はそういう慣れているフォントばかり。凸版明朝が出た頃はもっと新しさとかがあった。最近登場するフォントはどれも似てきてるね

祖父江:凸版フォントはとてもユニークだと思うのは、誰もがよく目にしてると思うしすごく使われているフォントなのに、そのフォントについて誰も語っていない、歴史がわからない。
祖父江:何も言わずに凸版に仕事をお願いすると凸版明朝で組まれてくるんだよね
紺野:……いや、最近はそうでもないんですが…。
祖父江:あ、そうなの?
祖父江:でも、なかなか不思議なフォントだよね。ベントン機での活字が作られてから最近のCTSで利用されるまで、色々不思議なとこがある。書体がゴシックなのに句読点は明朝だとか、かなが2種類あるのに使い分けがあまり考えられていないとか。


その2 新しい凸版書体


祖父江:現在、新書体として5書体を開発中。このラインナップをみて、よくわかっている人は驚くと思う。
祖父江:明朝は縦組しか考えていない。縦組で美しいというのを最重要にするという、割り切り。

紺野:新しい凸版書体は4つの特徴があります。
田原:まず、明朝体は縦組で、ゴシック体は横組で、使用用途を限定して考えて制作。あとは、活字時代の伝統を引き継いだ力強い見出し書体。さらにデジタルで使われる事を考えて英数字を設計
祖父江:いずれも普通のフォントではやらない事だよね

新しい各書体について

凸版明朝

祖父江:もともとあった凸版明朝のクセを大事にしながらバランスをとるように改修してる。縦組でも横組でもバランスをとろうとすると、面積比が似てきちゃうんだよね。それをやらず、横組は考えず、縦組のみを考えたフォント。
祖父江:築地の5号活字とかも横に組むとちょっと不思議な感じになる、出たとこ勝負的な。そんな感じ。
祖父江:漢字については、元々の凸版明朝はふところ大きいと思ってた。今回はふところを大きくしないように作ってる。でも実は昔の凸版の書体を見直してみたら、今の他の書体に比べてそれほどふところ広くなかったんだよね。今のフォントはみんなふところが広くなってるので。
祖父江:横のラインについても、昔は活版印刷でインキのにじみで若干太るというのがあった。それを含めてのあの太さだったのに、今はそれがないのに太さが昔のままだった。そこを考えて、今回は横のラインをちょっと太くしている。

凸版ゴシック

紺野:ゴシックについては、明朝体以上にこだわってリニューアルしたのですが。
祖父江:横組で使う事を前提にやはり元々のクセを活かして作ってる。ひらがななどが気持ち小ぶりで読みやすいよね。カタカナの「ピ」の形とか可愛くて好きだ
田原:最近はホームページなど横組で文字を読む事が増えているので、あえて仮名のサイズをそろえず横組にしたときにぼこぼこしたリズム感がでて、読みやすくなるようにしている。
祖父江:ボコボコしてリズムで読みやすいというのはいいと思う。最近のは全部文字の大きさをそろえてしまっていてかえって読みにくくしているから。
紺野:今後ゴシックで横組を読むというニーズは増えていくと思う。凸版ゴシックを楽しみにしていただきたい。
祖父江:(見本の文字組をみながら)これ、句読点はゴシックのままでいいんですかね…
紺野:…いや、今はまだ調整中ですから、今後また変わるかもしれません。

見出し

紺野:通常見出し用としては、同じデザインでウエイトだけが変えられるものですが、今回は見出しとしてデザインから変更していまます。
紺野:最近のフォントでは通常、ファミリー内のウェイトの変化は同一デザインのまま太さだけが変化します。でも昔、活版のころは太さが変わればデザインも変わるものでした。
祖父江:1970年代ぐらいまでは別だったよね。でもフォントの制作で一つの文字からウエイト違いを作れるようになって、そのうち太さだけが違う同じデザインのフォントになった。そもそもウエイトが変わるのに文字の骨格が同じというのはどうかと思うよ
祖父江:昔は太さが変われば骨格が変わるのが当たり前だった。若い人のデザインなんかを見てるとね、まるで拡大縮小コピーしたみたいでキモチワルイんだよ。大きく使うのなら大きい骨格の文字がいるだろうと。

英数字

▲2番目、4番目が新しい凸版書体
祖父江:特にすごいのはこれ!英数字!いままで日本語フォントの従属欧文ってのは日本語の文字にあうように欧文を近づけてたんだよね。xハイトをあげたり、欧文のふところを広くしたり。それが徐々に、似たようなフォントを組み込むって方向になって、例えば(表示している組版例の)一番上のはゴシックにヘルベチカを合わせてある。
祖父江:でも今回はまったく違うテイストの欧文フォントをいれてみようという試み。(表示している組版例の)2例目は、日本語はこれなのに、欧文はエジプシャン系の英数字を入れた。一番下の明朝体の例もそう。
祖父江:それ以外にも、たとえば欧文と日本語の約物の違い、例えばパーレンの違いとか、こういうのも今調整しているところ。
紺野:自分でいうのも何ですが、かなり攻めてます。
祖父江:前向きですよね。昔、凸版活字が初めて世に出た頃のあたらし事をやるぞという前向きさがこの新しい凸版フォントに受け継がれていると思う

これからの文字デザインと組版

紺野:ここで、祖父江さんにこれからの文字デザインと組版について意見を頂きたいのですが
祖父江:今、電子出版されているものは文字の組み方がことごとくサイアク。美しい組み方というのが全然できてない。
祖父江:ただ、電子出版を使うこと自体はラクで面白いから、何とか伸びてほしいと思う。ごはん食べながら片手で本が読めたりするから。
祖父江:電子出版では大きさに対しての書体の選択というのもうまくいってないと思う。小さい表示のときは本文用書体、大きい表示の時は見出し用書体とかの切り替えができるといいのに
紺野:それは、今後文字だけでなく、ブラウザやデバイスといった部分の進化でカバーしていくと思いますが
祖父江:グーテンベルグの時代に印刷ができて本が「いつでも持ち歩ける」物になった。今、電子書籍で「本棚がいつでもどこでも見られる」時代になろうとしてる。すごい時代だし、こんな時代に入れてラッキーだと思う、

今後のスケジュール


紺野:新しい凸版フォントですが、今後のリリーススケジュールです。最後のゴシックがでるのが2016年の秋ですね
祖父江:まだまだこれから変わる可能性があるね
祖父江:凸版フォントのリニューアルは「また新しいフォントが発売されたね」というのではなく、ちょっと事件的なフォントだと思う。他に類を見ない設計のフォント。
田原:書物を読みやすく提供するというのが、我々凸版印刷の使命だと考えています。新しい凸版フォントにご期待ください。